橘玲さん「新NISAと生涯現役で時間重視の人生を攻略」 – 日本経済新聞
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB149VJ0U3A111C2000000/
保存日: 2023/11/21 8:10

人生100年時代。平均寿命が延びる中、老後資金はどうつくるべきか。2024年から始まる新しい少額投資非課税制度(NISA)を活用した人生の攻略法を、作家の橘玲さんに聞いた。
【連載「新NISAで老後資金1億円」の最新記事】
• (1)老後に必要な資金は1億円 誰でも手が届く2つの理由
――2023年9月に新書版『人生は攻略できる』を出版された作家の橘玲さん。知識社会において最短距離で「お金持ち」になる人は、投資で高いリスクを取るのではなく、「仕事でお金を稼ぎ、稼いだお金を投資に回す」という流れを上手につくる人だという指摘が印象に残りました。
人生のゴールを「幸福になること」とした時、土台になるものは何か。それは、①金融資本(お金)②人的資本(仕事)③社会資本(愛情・友情)――の3つの「資本」です。この中でも、人的資本が核になります。
平均寿命が延びる中、今後、日本社会でも「生涯現役」が当たり前になっていくでしょう。老後問題とは「老後が長すぎる」という問題ですから、もっともシンプルな解決策は、長く働いて老後を短くすること。人生100年時代には、60歳でリタイアすれば残りは40年もありますが、80歳まで働けば老後は20年です。

若い時は金融資本はほぼゼロでしょうが、日本や欧米のような先進国では、生涯収入から換算して2億円や3億円という大きな人的資本を誰もが持っています。
最近はひとつの会社に滅私奉公する価値観はなくなり、転職は珍しいものではなくなりました。若い時に向いていない仕事を我慢して続けても、誰も評価をしてくれません。これではなんのキャリアにもならないので、トライアル&エラーを繰り返しながら、自分の「好き」や「得意」を突き詰めていくことが重要です。
自分の専門を何にするかが大体決まるのは30代半ばで、年を重ねるにつれてキャリアの転換は難しくなっていきます。それまでに生涯現役のための基盤をつくることが大切です。 
社会は経済的に分断され、貧しい人たちが増えていると言われますが、その一方で富裕層も増えています。(100万ドル以上の資産を持つ)ミリオネアは、単純計算で米国では5世帯に1世帯、日本でも15世帯に1世帯です。

資産形成の難度は低い

誰でも億万長者になれるとは言いませんが、金融資本は人生の3つの土台の中で難度が一番低いものです。基本は「一生懸命働いて、生活コストを下げ、残ったお金を金融市場で運用する」だけですから。20〜30代のうちから毎月3万円でも5万円でも株式を積み立てれば、60歳のときに資産1億円を(統計上は)達成できるはずです。

ファイナンシャルインディペンデンス(FI、経済的自立)を実現して将来に対する経済的な不安がなくなれば、それだけで人生の選択肢は増えます。お金は幸福を約束しませんが、貧困よりお金に余裕があった方が幸福度が高いことも間違いありません。
――足元の物価高を受けて、1億円では足りなくなる可能性はないのでしょうか。
老後の備えにいくら必要かは一人ひとり違うでしょうが、生涯現役で長く働けば、その分必要な金融資産の額は少なくなります。
インフレになればお金の価値は減っていきますが、その分、賃金も上がっていくでしょう。物価と賃金がともに上昇する経済環境では、債券(貯蓄)投資よりも株式や不動産の方が高いパフォーマンスを期待できるとされています。
一方、リスクに対する考え方は年齢によって変わってきます。若い人にはすべての金融資産を株式で運用することを勧めますが、60代や70代になってまで大きなリスクを取る理由はありません。そんな時は、実質損益が多少のマイナスになっても、元本が保証されたインフレ連動債や国債の方が適しているかもしれません。
――働き方に変化はあるのでしょうか。
会社はなくならないものの、これからは日本でもフリーランス化が進むと見ています。
分かりやすいのは映画業界でしょう。監督や俳優から脚本、撮影、音楽に至るまで、ほぼ全員がフリーランスで、作品が完成したら解散して労働市場に戻る――。クリエーティブな仕事は特に、こうしたプロジェクト単位の働き方に変わっていくと思います。
ただ、映画ビジネスはクリエーターだけでは成り立ちません。多額の資金や大勢のスタッフとの契約を管理し、映画館での上映やネットでの配信を行なうためには、バックオフィス的な仕事をする映画会社が必要です。このように、クリエーティブな仕事と管理業務が分離していくでしょう。

人類学者デヴィッド・グレーバー氏は、給料は高いものの自己実現感がない仕事を「ブルシット・ジョブ」と名付けました。世界各国の法規制を調べて、その国ごとに契約書をつくるには法律家の資格や高い専門性が必要で、収入もそれなりでしょうが、自分が社会から必要とされているという感覚は持ちにくい。SNSでも多くのフォロワーを獲得するのは難しいでしょう。
一方、フリーランスは努力と結果が結び付きやすく、達成感がありますが、生活は不安定になりがちです。一長一短で働き方に正解はありませんが、SNSの評判社会では、フリーランスに魅力を感じる人が増えてくると私は見ています。
20年くらい前にバリ島で出会った若者は、サーフィンを楽しんだ後に、時差を利用して夕方からロンドン市場にアクセスしてデイトレードをしていました。その時は「こんな生き方があるのか」と驚きましたが、いまではリモートで働くのも当たり前になりました。テクノロジーがどんどん価値観を変えています。
米国では2000年前後に、成功したバリキャリの女性が突然、仕事を辞めて専業主婦になる「オプトアウト」という社会現象が起きました。ところが今ではエリート同士のパワーカップルには、2人ともフリーランスになるという、より魅力的な選択肢が出来ました。仕事はリモートでできるし、子育ての分担も自由に決められるので、もはやオプトアウトは死語になったようです。
私は40歳の時にフリーランスになりましたが、コロナ前は年に3カ月は海外を旅していました。通勤と会議で無駄にしていた時間を合計すると、サラリーマン時代と同じくらい働いても、3カ月の「休暇」が取れる計算になります。

時間資源を有効に使う

1日24時間のうち、睡眠や運動など必要不可欠な時間を除くと、自由な時間は10時間程度しかありません。ユーチューブを1.5倍速で見る「タイパ(タイムパフォーマンス)」が話題になっているのは、ますます複雑化する現代社会では「時間」の価値が高騰しているからでしょう。
地域のつながりが重視された一昔前は、近所付き合いは避けられないものでした。しかし社会が多様化し、時間資源が意識されるようになると、重要でない人間関係は真っ先に切り捨てられるでしょう。人間関係でもっとも大切なのは家族やパートナーで、自分を中心とした、いわば「半径10mの世界」です。この「愛情空間」さえ確保できれば、あとの時間は仕事や趣味、勉強(リスキリング)などに使ったほうがいい。こうして現代では、「友だち」はいなくなっていくだろうと思います。
友だちや知人で構成された「友情空間」が縮小すると、それを埋めるのが「貨幣空間」です。隣家に子どもを預けるのではなくベビーシッターを雇うのは、(人間関係を含めた)コスパがずっと高いからです。人間関係は時間資源を必要とするので、お金で解決できるものはどんどんアウトソーシングされるようになるでしょう。

「複利パワー」を生かす

――24年から始まる新NISAでは、お金に対する価値観が何か変わるでしょうか。
時間資源の稀少性を考えれば、最強の投資戦略はインデックス型投信の積み立てでしょう。『会社四季報』を読んで銘柄研究をしたり、取引時間中にモニターで値動きを監視するのは、多大な時間資源を必要とするからです。
それに対して、インデックス型投信を毎月定額積み立てるのなら、最初に設定してしまえば後は何もする必要がありません。ファイナンス理論は、手数料やリスク・リターンを考えれば、インデックス型投信がもっともコスパ(コストパフォーマンス)とリスパ(リスクパフォーマンス)が高いことを証明しましたが、これにタイパを加えればその優位さは圧倒的です。その上、個別株は会社が破綻すれば紙くずですが、インデックス型投信の長期投資なら、株価の下落は絶好の買い場になります。
新NISAでは、非課税期間が恒久化され投資枠が拡大します。このメリットを最大限に生かすなら、若い人こそ世界株や米国株、あるいはハイテク株や新興国株などを積み立てるべきだと思います。

私が20年以上前から勧めている「MSCIコクサイ」連動型投信は、日本を除く海外先進国に投資するインデックス型投信で、過去10年間の累積収益率は年平均で13%でした。これはもちろん将来の利益を保証しませんが、毎月5万円ずつ、年利13%で30年間積み立てると、1800万円の元本に対して資産は2億円を超える計算になります。 
新NISAでは非課税期間が恒久化したことで、長期投資ほど複利のパワーを最大限に使えるようになりました。アインシュタインは、複利を「人類最大の発明」と称したと言われます。だとしたら、そのメリットを享受しないのはあまりにもったいないでしょう。
(取材構成は井沢ひとみ)
[日経マネー2024年1月号の記事を再構成]
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日経マネー 2024年1月号 新NISAで誰でも手が届く 老後資金1億円
著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP(2023/11/21)
価格 : 900円(税込み)
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