Apple、インド・ベトナムに熱視線(The Economist)(写真=ロイター)
作成者:
ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB300JG0Q2A031C2000000/
保存日: 2022/12/13 8:08

インド南部のチェンナイとべンガルールを結ぶ車の多い道路沿いに3つの巨大な建物が並ぶ。外の騒音から遮断された建物内には台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下の富士康科技集団(フォックスコン)が運営するハイテク機器の製造施設が広がる。

アップルは生産を中国からインドやベトナムに移しているが、海外進出した中国企業への依存度はむしろ高まっており、その対応が課題になりそうだ=ロイター

車でさらに少し行くと台湾のテック企業、和碩聯合科技(ペガトロン)の広大な新工場が目に入る。フィンランドの充電器メーカー、サルコンプの新工場も遠くない。さらに西にはインド大手財閥タタ・グループが新設した500エーカーに及ぶ拠点がある。
警備が厳重なこれら施設には共通点がある。現地で「ザ・フルーツ・カンパニー」と呼ばれ秘密主義で要求が厳しい世界最大の米テック企業、アップルを顧客に持つ点だ。
アップルにとってこれら新工場は新たな章の幕開けを意味する。同社が過去20年で売上高を70倍、株価を600倍、時価総額を2.4兆ドル(約353兆円)に押し上げるという目覚ましい躍進を遂げた一因は、中国に大きく賭けた戦略が成功したことにある。

Appleの大手サプライヤーはベトナム、インド企業が急増

同社は今や中国の工場で製品の9割超を生産し、中国の消費者も引きつけ中国での売上高はこの数年で25%を占めるようになった。だが経済、地政学上の変化から同社も中国との早急な分断を余儀なくされている。中国に背を向けることは同社にとって大きな変化であると同時に、世界経済にとってはそれ以上に大きな変化を象徴している。
アップルの商品パッケージには「アップルが米カリフォルニアでデザインした」と記されているが、どの商品もブラジルのアマゾナス州から中国浙江省にまで広がる巨大サプライチェーン(部品供給網)に沿って組み立てられている。その中心が中国で、同社の主要サプライヤーの150社が中国に製造拠点を持つ。
ティム・クック氏は2011年にアップルの最高経営責任者(CEO)に就くまで、サプライチェーンの総責任者として同社の委託生産網を構築した。中国を定期的に訪れ、中国政府と良い関係を築いてきた。当局が要求するアプリは削除し、中国人利用者のデータは当局が閲覧できるよう中国内で保管してきた。
だが米ハイテク各社は成長が鈍化し、状況が変わりつつある。7~9月期決算ではアルファベットとマイクロソフトの業績は市場予想を下回った。メタも2四半期連続で売上高が減少、再び時価総額の5分の1を失った。アップルは本誌今号(The Economist)の校了後に決算を発表するが減益かもしれない(編集注、2期ぶりに純利益1%増と増益となった)。
19年以降、中国を訪れていないクック氏が新たなパートナーを探しているのはそのためだ。5月にはベトナムのファム・ミン・チン首相を米本社に招待した。23年にはインドに同国初のアップルの実店舗を開設予定だ。
ベトナムとインドはアップルの生産拠点見直しの最大の受益国だ。同社の大手サプライヤーのうち両国の企業数は17年の18社から21年には37社に増えた。昨年9月にはインドで最新機種のiPhone14の生産も始めた。ベトナムでノートパソコンの生産を近く始めるとの報道もあった。
アップルの新製品の生産地で変化がわかる。イヤホン「AirPods(エアポッズ)」は半分近くがベトナムで作られており、米銀大手JPモルガン・チェースは25年までにこれが3分の2になるとみる。同行は中国外で生産されるアップル製品は今は全体の5%弱だが、25年までに25%に上昇すると予想する。

脱中国の狙いはロックダウン等の混乱回避

サプライヤーも中国以外に拠点を移している。一つの目安は台湾のエレクトロニクス企業が中国に置く固定資産の比率だ。本誌が各社と米ブルームバーグのデータから出した推計では、その平均値は17年の43%から21年は31%に低下している。
中国からの脱出を急ぐ最大の狙いはリスク分散だ。20年前の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行で供給網がまひした時同様、各社は新型コロナ禍で同じ教訓を得た。中国外に拠点を移す「最大の理由」は、今春の上海市のロックダウン(都市封鎖)といった混乱の回避が狙いだとJPモルガンは指摘する。
もう一つはコスト抑制だ。中国の平均賃金は過去10年で倍増した。中国の一般的工場労働者の月収は20年までにインド、ベトナムの約2倍の530ドルに上昇した。インドは劣悪な道路や不安定な電力供給などインフラに問題があったが、最近は改善し政府は事業誘致に力を入れている。
ベトナムも税還付などの提供に加え、欧州連合(EU)と20年に自由貿易協定(FTA)を結ぶなどFTA締結に力を入れる。ビザや税関を巡る官僚主義は今も悩ましいが、勤勉ぶりは中国並みだ。

消費者市場としての魅力増すインドと低下する中国

アップルの生産拠点見直しは進出先の国民を潜在顧客とみるようになった点もある。特にスマホ市場規模が世界2位のインドの多くの消費者にとって同社の商品は高すぎるが、状況は変わりつつある。同社は4~6月期のインド事業の売上高が、iPhoneを中心に前年同期比でほぼ倍増したと7月に発表した。
一方、中国の消費者市場としての重要性は低下しつつある。15年の中国の売上高に占める割合は欧州全体を上回る25%から今年は19%に下がっている。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席はこれをもっと下げたいようだ。中国共産党大会で「科学技術の自立自強」を訴え、輸入品と国産品の競争は今後激化すると強調した。この地政学的要因こそアップルが生産拠点見直しを進める最大の理由だ。
米中対立激化で中国での事業は厳しくなっている。報道によるとアップルは今夏、製品に「中華台北(チャイニーズ・タイペイ)製」と表記するよう台湾企業に頼まざるをえなかったという。台湾側を怒らせても、強気の中国税関当局の要求をのまざるをえなかったのだ。
米政府は7日、「米国籍と米国永住権保持者」が許可なく中国の一部の半導体メーカーで働くのを禁じると発表した。米商務省も同日、中国企業30社を輸出管理の対象企業リストに加えた。報道ではアップルは、同リストにある1社で、中国政府の助成金のおかげでiPhone向けメモリーを低価格で提供できる長江存儲科技(YMTC)と調達契約を結ぶ直前だった。だが日本経済新聞によると、この米規制を受け契約締結は保留になった。

中国から生産拠点移せば問題ないのか

問題は生産拠点を中国から移すだけですむのかだ。中国外の生産比率を高めても中国企業への依存ぶりは変わらない。立訊精密工業(ラックスシェア)や歌爾声学(ゴーテック)、勝華科技(ウィンテック)などの中国企業は、中国国外でアップルの事業を拡大させている。
ラックスシェアとゴーテックは台湾の競合がアップルとの取引を減らすなか、ベトナムでイヤホンを生産しているという。9月にはインド政府が中国企業にインドでの生産を許可する可能性も報じられた。JPモルガンはiPhoneの電子部品の生産に占める中国企業の比率は今の7%から25年に24%に高まり、扱う部品も広がると言う。
中国企業の中国外での生産拠点も米規制の対象になるのか。英資産運用会社インパックスは「中国企業と同水準の経験、効率性、コスト競争力を持つメーカーが他になく」、排除すれば米企業も打撃を受けるため、今は可能性は低いとみる。だが状況が変わる可能性はある。
インドやベトナムなどは自国部品メーカーの育成に力を入れている。タタはインドでiPhoneを生産する会社を台湾企業と合弁で設立することを検討中と報じられた。
アップルは規制がさらに強化される前に他の調達先を確保しておくべきだ。アジア在住のある欧米の投資家は、中国企業の海外にある現地法人は今は問題ないが「包囲網は狭まりつつある」と警告する。
(c) 2022 The Economist Newspaper Limited. October 29, 2022 All rights reserved.