崩れる資産形成の常識 プランの再構築を(澤上篤人)
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB183ZX0Y2A111C2000000/
保存日: 2022/11/24 7:44
しばらく前に、「老後資金として2000万円は必要」という議論が、かなりの話題となった。当時はインフレのイの字も意識されていなかった。「老後資金として2000万円ぐらいあれば」は、社会の共感を生んだ。
ところが、この1年ほどでインフレが現実問題として台頭してきた。それにつれて、2000万円という数字は急速に色あせていった。「インフレを想定すると、どう考えても足りそうにない」と不安が広がってもおかしくない。
そこで、「投資で運用しなければ」といったムードが高まってきた。「貯蓄から投資へ」を国もしきりに強調するようになった。一方、国の年金に対する国民の不安は静かに、だが確実に広がっている。
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「資産形成プラン」も見直し
ところが、皮肉なことに世界的に投資環境が曲がり角に差し掛かってきた。インフレによる金利上昇が、世界の株式市場をはじめ金融市場全般にブレーキをかけている。株式市場では、1年前までの次から次へと新高値を追うバブル熱気は遠く消え去った。昨年の夏頃からは頻繁に急落を繰り返し、反発しては戻るものの、高値をジリジリと切り下げている。
世界的な金利上昇で安定的と思われてきた運用商品の見直しも迫られている。典型が債券投資で、金利上昇が売り圧迫をかけている。世界の債券投資家は年初から20%強の資産減少に直面している。
そういった状況下、株高に乗って、金融資産を大きく膨らませてきた金融緩和バブル成り金たちの土台が崩れかかってきている。あるいは、既に「億り人」から転げ落ちだしているのではないか。
この投資環境の変調は、世界的な金融緩和バブルが、ようやく終焉を迎えたからのこと。筆者がこの連載でずっと主張してきたように、これはインフレの台頭や金利上昇による当然の帰結である。とはいえ、貯蓄から投資への流れに乗ろうとしてきた人々にとっては、思わぬ誤算となったのではないだろうか。
世のファイナンシャルプランナー(FP)たちが学んできた資産形成と管理の方法論にも、抜本的な見直しが迫られている。米国を中心に40年ぶりの金利上昇局面に遭遇している。そうした中、ほとんどのFPが未経験の領域に放り込まれて、対応が分からず右往左往しているのだ。
例えば、年齢と株式・債券の比率だ。若い間はリスクを取ることができるから、株式投資の比率を多めにして、積極的に資産増加を図ることを勧める。年を重ねるとともに、リスクを避けて債券投資の比率を高めていく。安全資産である債券で老後設計の安定性を確保すべしと教えている。
この考え方は、この40年ほど長期金利が低下傾向を続け、ゼロ金利、マイナス金利が日常的になるまで金融緩和政策を続けてきた環境下で通用したものなのだ。
しかし、金利が上昇局面に入ってくるや、この方法論はたちまちズタズタになってしまう。なにしろ、債券投資は金利上昇にからきし弱く、安全どころかリスク資産に転じてしまうからだ。
インデックス商品も低迷か
昨今の金利上昇はすぐに終わりそうにない。現在のインフレ圧力はコストプッシュ型で、相当長く続きそうだ。その結果、世界の債券投資家はいや応なく、冬の時代に引きずり込まれてしまう。
まずは、金利上昇が債券価格の下落を誘い、手持ちの債券で大きな損失を被る。資産も大きく目減りする。次に、金利上昇が経営のコスト圧迫要因となり、財務基盤が弱い企業を中心に債券のデフォルト(債務不履行)を多発させる。世界の金融機関や機関投資家は、そういった信用力の低い発行体によるジャンク債をはじめとした低格付け債を、利回り目当てに買いあさってきた。そうした債券は保有リスクも高まる。債券投資は安定どころではない。
とはいえ、株式投資ならいいというわけでもない。これまで株式投資では、コストの低いインデックス運用が一番とされてきた。ところが、今後は金利の上昇が企業経営を揺さぶり、財務力の弱い企業群を振るい落とす。つまり、企業倒産が多発する。
インデックス運用は、すべての銘柄をひとくくりにしているから玉石混交の投資となっている。金利上昇局面では石ころ同然の企業群がどんどん脱落する。当然、インデックスは石ころ銘柄群に足を引っ張られ、長期にわたって低迷することになる。
これまでの常識が通用しなくなる時代、どのように資産形成・運用をすればよいのか。FPたちは一から勉強し直す必要があろう。
澤上篤人(さわかみあつと)
1973年ジュネーブ大学付属国際問題研究所国際経済学修士課程履修。ピクテ・ジャパン代表取締役を務めた後、96年あえてサラリーマン世帯を顧客対象とする、さわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立。
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