米アルファベットの医療AI事業、4つの重要戦略
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC297WP0Z20C22A3000000/
保存日: 2022/04/01 8:06

米グーグルの持ち株会社、アルファベットが医療分野でのAIの応用に力を入れている

米アルファベットが傘下の米グーグルを含めて医療分野で人工知能(AI)の応用に力を入れている。創薬や病気の画像診断、医療事務など主に4つの分野で、医療機関や製薬企業などと提携して開発を進めている。アルファベットの医療AI戦略についてCBインサイツがまとめた。
グーグルのスンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は2018年の年次開発者会議「Google I/O」で、「医療・ヘルスケアは人工知能(AI)が変える最も重要な分野の一つだ」と強調した。
実際、AIはグーグルの医療・ヘルスケア分野での強みの一つだ。同社の事業は過去に例がないほど世界に広がっており、多くの人に使われている。このため、様々な国の実環境下でアルゴリズム(計算手順)を試すことができる。米医療サービス大手アセンションや米病院運営大手HCAヘルスケア、フランスの製薬大手サノフィ、ドイツの製薬大手ベーリンガーインゲルハイムなどの既存各社は自社データを解明して精密医療(遺伝子情報をもとにその患者に最適な治療を施す医療)や臨床サポートなどに活用するために、グーグルを頼りにするようになっている。
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。
さらに、グーグルは独自の医療・ヘルスケアAI製品を手がけている。大手医療機関による電子健康記録(EHR)の構文解析を支援する自然言語処理(NLP)API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)や、医師の口述を書き起こす音声認識サービスなどだ。医療・ヘルスケアAIに巨額の資金も投じている。21年だけでこの分野のスタートアップによる資金調達ラウンド15件に参加し、総額11億ドルを投資した。
この記事ではCBインサイツのデータを使い、グーグルの最近の買収、投資、提携活動から同社の医療・ヘルスケアAI事業の4つの重要戦略を明らかにした。この4つの分野でのグーグルとのビジネス関係に基づいて各社を分類した。
・AIを活用した医薬品の研究開発
・画像診断AI
・バックオフィス業務の自動化
・医療データの保管

グーグルのAIヘルスケア戦略マップ

AIを活用した医薬品の研究開発

製薬各社はAIを活用して研究開発費を削減し、創薬にかかる時間を短縮し、これまでは治療できなかった病気に対処するようになっている。グーグルは数年前から医薬品の研究開発の分野で活動している。
・グーグルは13年、加齢に伴う疾病の治療法開発に取り組む「ムーンショット(挑戦的)」事業を切り出し、米カリコ(Calico)を設立した。
・グーグルの持ち株会社アルファベット傘下の英ディープマインドは20年、たんぱく質の構造を予測するAIモデル「アルファフォールド(AlphaFold)」を発表した。
・アルファベット傘下の米GV(旧グーグル・ベンチャーズ)は21年3月、機械学習を活用した創薬のスタートアップ、米インシトロ(Insitro)の資金調達ラウンド(調達額4億ドル)に参加した。インシトロはカリコの最高コンピューティング責任者(CCO)だったダフニー・コラー氏がトップを務めている。
・ディープマインドは21年11月、創薬部門を独立させ、アイソモルフィックラボ(Isomorphic Labs)を設立すると発表した。
グーグルのAI創薬への投資活動に衰えはみられない。22年1~2月にはAI創薬スタートアップ、カナダのベンチサイ(BenchSci)、米サイズミック・セラピューティクス(Seismic Therapeutics)、英インスタディープ(Instadeep)に出資している。
さらに、グーグルの機械学習の専門知識を活用したいと望む製薬大手と提携している。例えば、19年6月にはグーグルのAIとサノフィの科学データを組み合わせて創薬を加速させるため、サノフィと提携した。21年には量子AIを活用して複雑な疾患をシミュレーションするためにベーリンガーインゲルハイムと提携した。

画像診断AI

画像診断AIはグーグルが医療・ヘルスケアで最初に取り組んだ分野の一つだ。ディープマインドは16年、英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン・ホスピタルと提携し、AIを活用してコンピューター断層撮影装置(CT)と磁気共鳴画像装置(MRI)のスライドでがんを発見しようとした。映像解析技術(コンピュータービジョン)の進化により画像診断の速度と精度が向上し、コストが下がっているため、グーグルはこの分野への投資と提携を優先させている。
GVは19年10月、映像解析技術を活用してCTやMRI、X線などのスキャン画像から患者の脳主幹動脈閉塞 (LVO)の初期症状を見つけ、重症度を判断する米ビズAI(Viz.ai)のシリーズB(5000万ドル)に参加した。21年には米AI画像スタートアップ、ハイパーファイン(Hyperfine)のシリーズD(9000万ドル)にも加わった。ハイパーファインは最近、機械学習を活用した画像再構成アルゴリズムで米食品医薬品局(FDA)の認証を受けた。画像再構成とは画像の質を高め、スキャンし直す必要性をなくすために使われるAIソリューションだ。
グーグルは画像診断を支援する映像解析システムを共同開発するために、医療関連各社と提携している。21年4月には放射線治療機器大手の米バリアン・メディカル・システムズと提携した。アルゴリズムに診断画像を学習させ、放射線治療計画を自動化する。グーグルは20年に米メイヨー・クリニックとも同様の提携を締結している。
こうした提携により、グーグルは自社のAIシステムをさらに広範囲に試すことができる。例えば、20年には乳がん検診で偽陰性を減らすAIシステムについての研究結果を発表した。この研究はコントロールされた環境で実施されたが、グーグルは実臨床での応用に手を広げている。21年には米医療サービスのハッケンサック・メリディアン・ヘルスとAIを活用したマンモグラフィー検診などで提携すると発表した。

バックオフィス業務の自動化

グーグルが医療分野のバックオフィス業務向けAIツールに投資している理由は主に2つある。
1.反復型で意欲が低下しやすい医療分野のバックエンド業務には、自動化システムを導入するビジネスチャンスがある。
2.グーグルのこの分野への投資は、これまで手がけてきたAI製品や試作品と整合性がとれている。
グーグルによるバックオフィス業務自動化の動きのいくつかは、収益サイクル管理(RCM)に対応している。例えば、GVが出資する米ニム(Nym)はNLPを活用し、EHRの記述を請求可能なコードに変換する労働集約型プロセスを自動化する。グーグルは請求処理や保険会社への事前承認など単純なRCM業務を合理化するため、AIを活用したRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を開発する米オリーブ(Olive)にも投資している。
こうした投資はグーグルのクラウドベースの機械学習システム「ヘルスケア・ナチュラル・ランゲージ(Healthcare Natural Language)API」と整合性がとれている。このシステムは文字ベースの医療データの構文を解析し、分析する。書類のチェックや質の高いリポート作成の効率化などへの活用が見込まれる。
グーグルは音声認識を活用して反復作業を自動化するスタートアップにも出資している。そのうちの1社である米インフィニタス・システムズ(Infinitus Systems)は、支払い承認などの手続きについて質問したり、関連分野の回答を記録したりするチャットボット「音声RPA」を開発している。グーグルのAI関連ベンチャーキャピタル(VC)、米グラディエント・ベンチャーズも放射線科医の口述を適切な形式のリポートにするスタートアップ、米ラッドAI(Rad AI)に投資している。
グーグルが医療分野で音声利用の可能性も探っているのは驚きではない。同社は診断や投薬、症状などの医学用語を理解するよう訓練された2つの音声認識モデルを提供している。一つは医療従事者と患者の会話用で、もう一つは医療従事者の口述を書き取り、簡単なリポートを作成する。

医療データの保管

このカテゴリーの企業は臨床、分子、リアルワールド、患者自身が報告したデータを収集・発掘し、医療システムのステークホルダー(利害関係者)に知見を販売している。
GVは22年1月、眼科や泌尿器科、神経科の疾患に関する匿名化された患者の医療記録のデータを収集・販売するスタートアップ、米ベラナヘルス(Verana Health)のシリーズE(1億5000万ドル)に参加した。ベラナヘルスは医療費請求や画像など副次的なデータも提供している。こうしたデータはEHR検索ツールや医療データプラットフォーム「ケアスタジオ(Care Studio)」、画像診断アルゴリズムなどグーグルのAI製品の学習に使われる可能性がある。
GVは19年、提携する大学や研究機関からリアルワールドや臨床試験(治験)、疾病登録のデータを収集するスタートアップ、米オーキン(OWKIN)に出資した。オーキンはプライバシーを確保したAI学習「連合学習」を使って治療の反応を予測し、治験などで外部対照群を構築する。
GVは20年12月、医療AIの米テンパス(Tempus)にも出資した。テンパスは患者個人に応じたがんの治療を提供するため、機械学習を使って臨床データや分子データを生成・分析する。

その他

病理AI:グーグルは病理スタートアップ、米ジーナライト(Genalyte)と米フリーノム(Freenome)に投資している。両社はAIを活用して生体組織を分析したり、血液や尿などを用いる「リキッドバイオプシー」を使ったりして病気を発見する。グーグルは診断機器メーカー、米ホロジック(Hologic)とも提携し、画像解析技術を使って細胞のスライドから子宮頸(けい)がんの兆候を分析している。
グーグルクラウド:グーグルのクラウド事業部門「グーグルクラウド(Google Cloud)」はAIや医療製品と明示してはいないが、グーグルの医療・ヘルスケアAI戦略に欠かせない存在だ。例えば、グーグルクラウドは米遠隔医療スタートアップ、アムウェル(Amwell)の株式を1億ドルで取得した。アムウェルの遠隔医療プラットフォームにグーグルクラウドのAIソリューションを搭載するのが狙いだ。多くの医療関連会社はデータを保管し、分析するためにグーグルクラウドを活用している。さらに、「グーグル・クラウド・マーケットプレイス(Google Cloud Marketplace)」は医療・ヘルスケアAIの多くのスタートアップや開発業者に使われている。
ウェルネス:グーグルはメンタルヘルスやフィットネスサービスの提供にも力を入れている。最も目立つのはウエアラブル端末メーカー、米フィットビットの21億ドルでの買収だ。フィットビットはAI企業ではないが、グーグルはフィットビットの生体情報を活用し、フィットネスや慢性疾患管理での機械学習の機能を共同開発している。グーグルはAIを活用したメンタルヘルスのチャットボット、インドのワイサ(Wysa)の資金調達ラウンドも複数回、主導している。
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