パウエル氏、まさかの心変わり 円安に飛び火
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFL2218F0S2A320C2000000/
保存日: 2022/03/22 18:05
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「0.5%利上げを支持」。0.25%の利上げを決めた16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文に盛り込まれた、金融引き締めに積極的な「タカ派」の代表格であるセントルイス連銀のブラード総裁の反対意見だ。
週明けには米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が講演で今後の「0.5%利上げ」を、しかも複数回支持した。異例の短期間でのFRB議長の変心といえる。外国為替市場では日米の金利差拡大による円売り・ドル買いを加速させ、1ドル=120円突破につながった。
ブラード氏は18日早朝、セントルイス連銀のホームページ上で総裁の公式声明文として「反対の理由」を詳説した。「FRBはインフレ見通しを誤った」とも批判した。
ブラード氏は「米国経済は労働市場逼迫などで打たれ強い。利上げに耐えられる。早急に政策金利を年内3%以上に引き上げるべきだ。インフレは低所得層を直撃する。強力な利上げの成功例としては1994~95年の例がある」と持論を展開した。年内FOMCでは会合ごとに0.5%利上げとの考えだ。過去の成功例や米国経済の利上げ耐性は、パウエル氏も21日に言及している。
呼応するかのように、かねて0.5%利上げ論を支持してきたウォラーFRB理事も鬨(とき)の声を上げた。「(FOMC参加者の政策金利見通しである)ドットチャートでは0.25%利上げの想定と書き入れたが、それはウクライナ情勢が不透明だからだ。経済データは0.5%利上げを求めて悲鳴をあげている」とドラマチックな表現で「本音」を明かした。
ブラード、ウォラー両氏は筋金入りのタカ派だ。今回のドットチャートにおける今年末の政策金利の予測に3%前後に突出した2つのドット(点)があったのは「両氏による極論」との解釈があった。
しかし、市場が「これこそ劇的変化」と驚いた発言が飛び出した。ミネアポリス連銀のカシュカリ総裁までが「年内、高圧経済が続くなら1.7~2%まで利上げも」と言い出したのだ。最終的には中立金利を僅かながらも上回る水準までの利上げの可能性にも言及した。カシュカリ氏は、米国の「FRBウオッチャー」の間で金融引き締めに慎重な「超ハト派」と位置づけられる人物だ。昨年は「2022年は利上げなし」と論じていた。
強力な「利上げウイルス」が想定以上にFOMC内部で感染中とドクター・パウエルも腹をくくったのではあるまいか。しかも、18日の米ダウ工業株30種平均は前日比274ドル高と利上げを決めたFOMC開催の週内は5日続伸となった。実態は商い薄のなかでの売り方の手じまいだが、パウエル氏は市場への影響を最低限に抑えつつ利上げペースを速める自信を持ったのかもしれない。
0.5%刻みの利上げで回数は減らし、利上げサイクルを短期間に切り上げるほうが効果的との読みも考えられる。集中投与という荒療治だが、今の米国経済であれば副作用は限定的との見立てである。21日の米国市場では、パウエル氏の発言後にダウ平均が前週末に比べ400ドル超急落する場面もあったが、その後は下げ幅を縮小して終値は201ドル安だった。米金利先物の値動きから金融政策を予測する「FEDウオッチ」では5月の0.5%利上げの確率は57%に上昇し、0.25%利上げの確率である42%を逆転している。
市場は困惑している。FRB議長がこれほどアッサリと見解を変えると、今後のパウエル氏の発言もどこまで信じてよいものやら。最近は「全てのFOMC会合がライブ」という表現を好んで用いる。経済、市場環境が変われば「nimble(機動的)」に対応するとの姿勢だ。3月のFOMCは想定内の0.25%利上げでサプライズはなかったが、その後で時間差攻撃に見舞われた。「FRBは闇討ちはしない」との暗黙の了解があると思い込んでいた市場が甘かったのか。後々、尾を引きそうだ。
米債券市場が「2つの異音」を発していることも見逃せない。まず、米10年債と5年債の利回りがついに逆転した。いわゆる「逆イールド」で、FRBが焦って利上げペースを速めて米国経済がリセッション(景気後退)に陥るシナリオを暗示するかのようだ。長短金利差の代表的指標である10年債と2年債の利回り格差も0.16%前後にまで縮小中だ。
さらに市場の期待インフレを示すBEI(ブレークイーブン・インフレ率)はFOMCをはさんで5年物で3.4~3.5%のレンジで膠着している。その結果、実質金利はマイナス幅を縮小中である。これは株などのリスク資産には逆風となる現象ゆえ不安材料視されている。
豊島逸夫(としま・いつお)
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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