世界を変えた握手 ニクソン訪中50年、協調から対立へ
作成者: 坂口幸裕,中村亮,羽田野主,竹内弘文,佐野彰洋,富田美緒,久能弘嗣,渡邉健太郎,中川万莉奈
ソース: https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/nixon-visited-china-50-years/
保存日: 2022/03/07 8:18

米シカゴ大
ジョン・ミアシャイマー 教授
2001年初版の著書「大国政治の悲劇」で「関与政策は失敗する」「米中は敵同士となる運命」と断言した。陸軍士官学校卒業後に空軍に在籍。コーネル大で博士号。

冷戦後の対中関与「戦略的大失策」

米国の過去50年の対中政策は米ソ冷戦時代と1990年前後から2017年のポスト冷戦期、それ以降を区別する必要がある。冷戦時代の米国は中国に関与し、ソ連に対抗する関係を結んだ。非常に理にかなったことだ。冷戦終結後、米国は愚かにも中国の経済成長を助ける「関与政策」を追求した。中国は当然、経済力を軍事力に転換した。
米国は同等の競争相手を創り出す戦略上の大失策を犯した。中国が経済的に強大になると予測しながら、中国もいずれ自由民主主義国となると考えた。米国だけでなく、欧州、日本、台湾、みなが中国を支援しても地政学的脅威にならないと考えた。結局、中国は米国に挑戦することをめざし、新冷戦が始まった。
米中の新冷戦は米ソ冷戦より熱戦に至る可能性が高い。地理的な理由が大きい。米ソ冷戦は欧州が中心で、北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構の衝突が瞬時に核戦争に発展する可能性が高かった。代償が大きい分、米ソ間の抑止力は非常に強固だった。一方、東アジアでは米中が台湾や南・東シナ海を巡って限定的な戦争に至る事態が想定できる。限定的な分、可能性は高まる。
冷戦時代の米ソ戦争の可能性との比較で考えれば、米中戦争の可能性の方が高いという意味だ。海上で核兵器が選択的に使われる事態も想像できる。中国が台湾を統一しようと考えれば米国に対してはるかに優位になるまで待つほうがよいが、今後30年、中国経済がどうなるか知ることは難しい。
米国は欧州とアジアの問題に同時に対処する能力があるものの、双方で同時に良い成果を上げる能力はない。米国は愚かにもロシアを中国側に追い込んだ。 中国に対抗するには米国はロシアと手を結ぶことが自然だ。 NATOを東に拡大したことでアジアに完全に軸足を移せずにいる。
(聞き手はワシントン=大越匡洋)
2001年から中国人民大国際関係学院教授。同大の米国研究センター主任も兼ねる。著書に「ニクソン主義」「対外政策と歴史の教訓」など。南京大で博士号。

「連携可能な分野は非常に限られる」

ニクソン米大統領が1972年2月に訪中して以来、連綿と築いてきた中米関係は、トランプ前大統領が2018年に対中政策を変更して大きく変わった。中国に全面的な圧力を加え、孤立させようとするやり方に転換した。
20年3~4月に新型コロナウイルスが世界で広がってからトランプ氏は中国が発生源だとみなすようになった。大統領選で再選できる可能性が低くなるとヒステリックになった。21年1月にバイデン政権が発足してからも基本的にトランプ氏がとった路線を踏襲している。中米関係はほとんどの領域で鋭く対立し、争う関係になってしまった。
いまや連携できる分野は非常に限られる。予測できる範囲において中米関係は全面的な対立の末行きづまり、さらに関係が悪化する可能性が高い。中国も米国と同じように相手国を競争相手とみるのは自然なことだ。一方で中国政府は米国と関係を改善させたいとも繰り返してきた。それなのに中米関係はトランプ氏が台無しにしてしまった。もし関係を改善させるのなら米国が先に誤りをただして中国に譲歩すべきだが、米国政府は当然受け入れないだろう。
今年は中米関係の緊張がさらに高まりやすい構図にある。秋に米国で中間選挙があり、共和党・民主党の候補者はそれぞれ中国を批判して票を獲得しようとするだろう。中国では秋に最高指導部の人事を決める5年に1度の共産党大会があるが、習近平総書記(国家主席)を核心とする政治体制が確立しており、米国の要求に動揺する余地はない。
中米関係の障害はいくつもあるが、台湾問題ほど危険なものはない。将来は中米の軍事衝突に発展するリスクをはらんでいる。いつかはわからないが、戦争になる可能性は5年前や3年前に比べても明らかに高まっている。
(聞き手は北京=羽田野主)
スタンフォード大客員准教授、神奈川大教授などを経て2019年から東大東洋文化研究所准教授。著書に「米中対立」など。東大で博士号。

「今後のかく乱要因はロシア」

「ニクソン訪中」で動き出した対中接近は、ソ連の脅威に対抗して勢力均衡を図るという狙いが米側にあった。この点は米ソ冷戦終結まで続く。レーガン政権は中国の経済・軍事力の成長がソ連の行動をけん制する材料になるとみていた。
1989年の天安門事件の直後ですら、米中関係を断絶させるべきでないという声がブッシュ政権(第41代)中枢にあった。もし天安門事件が冷戦終結、ソ連崩壊の後に起こっていたら、民主化運動を踏みにじった中国との関係を米国は見直し始めたかもしれない。
冷戦終結は、平和的な体制変更が自国でも起こりうるとの恐怖を中国側に植え付けた。一方で投資を呼び込むため西側へ窓は開いておきたいとの思惑もあり、中国は警戒しながらも米国とは低姿勢で向き合った。国力増強で自信を深めるにつれ、姿勢が変わっていくのは2010年代に入ってからだ。
中国は軍事、経済、科学技術の各面で米国を猛追する。自信を深めた中国は国力に見合っただけの影響力・発信力を国際社会で発揮しようともしている。そうした中国を見て米国の対中認識、そして戦略の地殻変動が起きた。トランプ政権とバイデン政権も大枠では変わらない。
50年前に米中接近を主導した当事者らは、米国を脅かしうる存在に中国がなるとつゆほども思っていなかっただろう。ニクソン氏は晩年、対中接近で「フランケンシュタインの怪物を作り上げてしまったかもしれない」と語った。
米中両国は当面、経済や技術など各分野で互いへの依存度を減らしていく方向に行かざるを得ない。両国関係の今後でかく乱要因となり得るのは、やはりロシアだ。
ウクライナ再侵攻の可能性はくすぶり続けているが、米国は果たして中国に専念する世界戦略を維持できるのか。米国の保守派からは、中国との競争に専念するためウクライナ問題の打開を欧州主要国に任せるべきだとの議論すら聞かれる。実際にはそれは難しく、バイデン政権の戦略的焦点がぼやける結果になるのかもしれない。
(聞き手は竹内弘文)