米ナイキがD2Cシフト メタバースから需要予測まで
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC044YZ0U2A100C2000000/
保存日: 2022/01/14 7:59
ナイキはファン同士が体験を共有できる「ナイキランド」をオンラインゲーム「ロブロックス」上に開いた(出所:ナイキ)
米スポーツ用品大手のナイキがネットなどで消費者に直接販売する「D2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)」への取り組みを強化している。この販売手法は中間流通を省くことで収益力を強化できるほか、直接集めた顧客データを商品開発などに効果的に生かせる。ナイキのD2Cシフトを分野別に分析するとともに、ナイキと直接関係のない企業を含めて各分野にどんなD2C関連スタートアップがあるのかまとめた。
米スポーツ用品大手ナイキは自らをD2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)の次の時代の開拓者と位置づけ、前進している。
ナイキブランドの売上高全体に占めるD2Cの割合は2021年に39%まで高まり、10年前の16%から上昇した。同社の見通しでは、25年には5割以上に達する。
ナイキはより一貫した体験を提供し、顧客とのつながりを深めるため、卸売業者から自前での流通に軸足を移している。このD2Cシフトを支えるためにテクノロジーのエコシステム(生態系)を構築し、テクノロジーや物流に投資したり、データ分析のコンテンツ作成に精通したスタートアップを買収したりしている。
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。
D2Cは顧客データについてより深い知見をもたらし、これを顧客体験の強化に活用できるメリットがある。ナイキのようなブランドはD2Cによって顧客へのアクセスを広げ、顧客についての分析を積み重ねることで、ニーズを満たす新商品を効果的にリサーチし、戦略を立て、宣伝し、発売できる。
今回の記事では、顧客データプラットフォームから受注、物流まで、ナイキのD2Cの取り組みを(まだ本格的に手掛けていないものも含めて)分野別に分析し、分野ごとにどんな企業があるのか見ていく。
ナイキのD2Cの取り組みを分野別に分解――各分野でD2Cを実現する新興企業 (注:この図は全てを網羅していない。カテゴリーは一部重複している)
カテゴリーの内訳
ここでは3つの切り口でナイキのテクノロジーやプロダクトを分解する。
・プロダクトマネジメント&可視化:在庫管理やマーチャンダイジング(商品政策)テックなどのツールを活用し、従来の商品を提示する新たな方法など。
・デジタル買い物客体験:消費財ブランドが視聴者とより良く関われるよう、オムニチャネル(ECとリアル店舗を統合した販売法)で顧客ごとの顧客体験を強化する顧客エンゲージメント(強いつながり)ツールなど。
・ECの改善・強化:インターネット通販での販売を可能にし、合理化する企業など。
プロダクトマネジメント&可視化
□在庫管理&マーチャンダイジング
サプライチェーン(供給網)の問題や需要が予測できない状態は依然続いているため、小売りはテクノロジーを駆使した臨機応変な在庫計画を必要としている。このカテゴリーの企業は予測分析や需要予測ツールを使ってオンラインとオフライン双方の消費者の購入パターンを予測する。
ナイキは19年8月、小売りの予測分析と需要変動分析を手掛ける米セレクト(Celect)を買収した。
・米トゥーリオ(Toolio)や英ブライトパール(Brightpearl)などの企業はマーチャンダイジングや在庫計画のソフトウエアを手掛ける。小売り最大手の米ウォルマート出身者らが共同創業したトゥーリオは衣料品の米チャビーズ、下着の米マックウェルドン、環境に配慮したシューズを手掛ける米ロシーズなどのブランド向けに販売を強化・改善するプラットフォームを提供している。
・オーストラリアのハイバリー(Hivery)は人工知能(AI)を活用してカテゴリーやマーチャンダイズのシミュレーション、品ぞろえを最適化するシステムを提供する。このシステムはマーチャンダイズ責任者やバイヤー、カテゴリーマネジャーなどに利用されている。
□バーチャル試着
CBインサイツの業界アナリスト予想によると、バーチャル試着の市場規模は20年の34億ドルから30年には193億ドルに拡大する。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、このテクノロジーはECの成約率を上げ、返品率を下げる手段として特に人気が高い。
米3Dルック(3DLOOK)や米パーフィットリー(Perfitly)はAIを活用し、2次元(2D)の人の写真から3次元(3D)の個別のアバター(分身)を生成する。洋服のバーチャル試着やおすすめサイズの提案などに使われる。
□3Dデジタルコンテンツ
買い物客はネット通販で商品をもっと効果的に体験し、自信を持って購入できる手段を探している。このカテゴリーのスタートアップはオンライン体験を向上させるため、視覚テクノロジーを使って設計や試作を改善している。
米スリーキット(ThreeKit)は商品情報と設計ファイルを活用し、双方向の3D、拡張現実(AR)、写真のようにリアルな2Dの映像を低コストでいくらでも制作する。同社は自社サービスを導入したクライアントは成約率が上がり、返品率が下がり、撮影コストを抑えられるとうたっている。インテリア・家具メーカーの米クレート・アンド・バレルや米ハーマンミラー、米カリフォルニア・クローゼッツなどがクライアントだ。
デジタル買い物客体験
□会話型コマース
会話型コマースは対話アプリを使って利便性を高め、個別化し、判断を支援することで、顧客によりパーソナルな買い物体験を提供する。この技術はそもそもカスタマーサービス専用だったが、スタートアップは今や既存のECと対話アプリ、ボット(自動応答プログラム)を1つのインターフェースに統合している。
・ドイツのチャールズ(Charles)や英ブループリント(Blueprint)はソフトウエアとコマースを統合し、ブランドが「ワッツアップ」などの対話アプリを使って商品を販売できるようにする。ブループリントは次回以降の購入を手軽にするため、送付先や支払い情報など必要な情報があらかじめ入力された決済リンク付きの再注文のリマインダーを顧客に送付する。
・米ヤロ(Yalo)はAIを活用して企業が顧客と直接やりとりし、取引できるようにする。同社は21年5月、米シエラベンチャーズ主導のシリーズCで5000万ドルを調達した。米コカ・コーラ、英ユニリーバ、ナイキなどをクライアントに抱える。
□顧客データの解析
顧客データプラットフォームや開発業者は多種多様なデータセットを取り込んで買い物客のプロフィルを一元化し、複数チャネルでのメッセージ送信を最適化し、顧客セグメンテーション(顧客を特性に基づいてグループ化すること)を改善している。小売りはAIを搭載した顧客データプラットフォームを使って買い物客のプロフィルを一元化したり重複排除したりし、特性が似ている顧客をまとめ、最先端のビジネスや運営の知見を得ることができる。
ナイキは21年2月、米データ統合プラットフォーム、データローグ(Datalogue)を買収した。顧客についてより深い知見を得るために、ナイキのアプリのエコシステムやサプライチェーンなど様々なソースからデータを収集するのが狙いだ。
・米エムパーティクル(mParticle)は様々なソースのデータをひも付けて名寄せし、小売りの顧客データを整理する。同社はこの分野で有数の資金力を誇る。21年10月のシリーズEでは米グレイロック・パートナーズ、米グーグル・ベンチャーズ、米バワリー・キャピタルなどから1億5000万ドルを調達した。
・米アクションIQ(ActionIQ)は社内外のデータをまとめ、顧客体験を個別化する。同社は米セコイア・キャピタル、米アンドリーセン・ホロウィッツから出資を受けており、カナダのEC構築支援ショッピファイ、米高級百貨店のニーマン・マーカス、米アパレルのマイケル・コースなどをクライアントに抱える。
□マーケティング自動化
マーケティング自動化ソフトウエアはメールによるマーケティングやSNS(交流サイト)への投稿、広告キャンペーンなどの定型作業を自動化する。
ECは猛烈な勢いで成長しているため、ブランドや小売りは様々なチャネルで買い物している顧客にアピールし、関係を築き、購入してもらおうと取り組んでいる。オムニチャネルの顧客エンゲージメントプラットフォームは、マーケターが適切なタイミングで、適切な顧客に、適切なメッセージを届けられるよう支援する。
・米アテンティブ・モバイル(Attentive)と米クラビヨ(Klaviyo)は一人ひとりの顧客に応じたメッセージを自動作成し、セールや商品のおススメのほか、商品をカートに入れたまま会計を済ませていない場合に通知を送る。
・米イテラブル(Iterable)が手掛けるブランドへの親近感を高めるツールでは、クロスチャネルのエンゲージメントを分析して消費者の感情を測定する。米ECボックスド、個別のサプリを届ける米ケア・オブ、米料理・食料品宅配大手ドアダッシュなどがイテラブルのクライアントだ。
・米モーエンゲージ(MoEngage)は解析システムを使ってデジタル接点での顧客の行動を理解し、顧客が好むチャネルに個別のキャンペーンの通知を送る。
□ソーシャルコマース&コンテンツ
オンラインコミュニティーを構築し、関与するためにはコンテンツ作成が極めて重要になる。ブランドは信頼や「本物感」を築き、新規・既存の視聴者とのつながりを強固にするため、様々なSNSでインフルエンサー(強い影響力のある人)と組んでいる。CBインサイツのアナリスト予想によると、現在のインフルエンサーマーケティングの市場規模は148億ドルに上る。16年にはわずか20億ドルだった。
さらに、紹介された商品を視聴者がすぐに購入できるプラットフォームが増えており、ライブコマース(動画による通販)に注目するブランドや小売りが増えている。
・米プロダクトウインド(Product Wind)や米インフルエンス・コー(Influence.co)はインフルエンサーを見つけ出し、提携するブランド向けのツールを提供している。
・イスラエルのバイウィズ(Buywith)はインフルエンサーがフォロワーにライブコマースを配信するシステムを手掛ける。
□バーチャル店舗&メタバース
ブランドは新たな形の顧客エンゲージメントを育もうとしており、メタバース(仮想空間)は売り上げを増やすチャンスになっている。これは特にオンラインゲームサービスの「ロブロックス」や「フォートナイト」などの仮想空間に当てはまる。こうした仮想空間はコロナ下で急成長し、数百万人の利用者を引き付け、ブランド各社と提携して他にはないデジタル体験を生み出している。
ナイキはこの分野に関心を示している。同社は最近、バーチャルのスニーカーや衣料品を製造販売することを示唆する商標を7件出願し、新設したメタバーススタジオの主要人材を採用している。21年11月には、ファンが没入型の3D空間でつながり、コンテンツを作成し、体験を共有できる「ナイキランド」をロブロックス上に開設した。12月にはバーチャルスニーカーを制作するRTFKTスタジオを買収した。
ナイキランドにはデジタルショールームがあり、ユーザーは自分のアバターでナイキ製品を着用できる(出所:ナイキ)
・米ニューヨークに拠点を置くオブセス(Obsess)は21年6月、シリーズAで1000万ドルを調達した。調達資金を活用して美容とファッション以外の分野にもバーチャルな店舗とショールームを拡大する。同社はオンラインの3D買い物体験を可能にするAR/仮想現実(VR)プラットフォームを手掛ける。
・米ドレスX(DressX)は仮想空間でアバターが着用する衣類やアクセサリーを販売するオンラインのマルチブランドだ。
EC改善・強化
□チェックアウト&決済サービス
後払いサービス「BNPL(バイ・ナウ・ペイ・レイター)」はミレニアル世代(1980年代~90年代生まれ)やZ世代(90年代後半~2000年代生まれ)の消費者に人気の決済手段だ。若者を対象にした米調査会社Yパルスによると、20年にはこうした世代の購買力は2兆5000億ドルに達した。BNPLアプリを使えばオンラインでの買い物を分割払いで支払うことができる。
こうした世代の買い物客は米アマゾン・ドット・コムのワンクリック決済のような使いやすさを期待するようになっているため、各社も利用者にワンタップでの決済を認めつつある。
・英ジルチ(Zilch)、スイスのズードペイ(ZoodPay)、メキシコのアプラソ(Aplazo)などのフィンテック企業は購入時点で与信判断を下す分割ローン(POSローン)を手掛ける。こうしたPOSローンは小売りにとって管理しやすく、衣料品や美容などのECカテゴリーで人気が高い。
・米ボルト(Bolt)や米ファスト(Fast)はオンライン精算テックを手掛けるスタートアップだ。消費者がECで速やかに精算できるよう支援し、小売りの成約率や顧客維持率を改善する。「ボルトワンクリック」と「ファストチェックアウト」では、消費者は1回クリックするだけで買い物を完了でき、加盟店はデータや知見を得られる。
□データ管理&解析
D2Cには豊富なデータにアクセスし、より深い知見をまとめた報告システムを構築できるメリットもある。データを可視化すれば報告のレベルが高まる。表計算ソフトの利用は時間がかかる上に、重要な知見を見落としやすい。このカテゴリーの企業は生データを整理して質を改善し、実用的なBI(ビジネスインテリジェンス)や重要な知見に転換する。
・米トライファクタ(Trifacta)はデータを名寄せし、分析可能な状態に整える。
・英ピーク(Peak)や米ダタイク(Dataiku)は企業のデータ分析アプリケーション構築を支援するデータプラットフォームを手掛ける。
□フルフィルメント&物流
大手の小売りやブランドは物流を効率化するため、新たなフルフィルメント(受注・配送管理)システムを試している。各社は注文を集約し、パートナー(外部の物流業者、POSシステム事業者、小売りなど)と提携して規模の経済を果たしているECフルフィルメント事業者に外部委託することで、コストを削減したい考えだ。
自前の店舗網を持つ消費財ブランドは自社店舗をECフルフィルメントセンターとして活用していることが多い。例えば、ナイキはネット通販の客が注文した商品を直営店舗で受け取れるようにしている。
・米シップボブ(ShipBob)や米シップモンク(ShipMonk)などの企業は、ECの注文を処理するため、注文や在庫管理、倉庫の管理、予測データと解析、最適化された出荷を組み合わせたソフトウエアサービスを提供している。
□オンデマンド倉庫&配達管理
新型コロナの感染拡大により、20年にはネット通販の利用が急拡大し、消費者向けの食品や日用品、医療用品の需要が高まった。このカテゴリーの企業は一時的な倉庫保管スペースや配達管理ソフトウエア、ECフルフィルメント支援サービスを提供する。
・米フレクゼ(Flexe)、米フロースペース(Flowspace)、米ストード(Stord)はいずれもオンデマンド倉庫サービスを手掛ける。ストードはクライアントが自社配送網を一括管理できるクラウドベースのサプライチェーンを提供する。ストードは倉庫での保管や輸送、フルフィルメントなどリアルな物流サービスとデジタルプラットフォームを組み合わせ、フルフィルメントと配達網の強化を図る。
・イスラエルのブリング(Bringg)は小売りや物流業者向けのクラウドベースの配達・フルフィルメントプラットフォームだ。同社はラストワンマイルの宅配、車両の運行管理、外部業者による配達の管理などに力を入れている。最近では二酸化炭素(CO2)排出量の追跡や、環境に配慮する小売り向けにエコカーを選択できるようにするなど、サステナビリティー(持続可能性)に特化したツールを相次いで導入している。
□返品の最適化
ECを利用する消費者が増えるなか、小売りやブランドにとって「返品物流(リバースロジスティクス)」は優先課題になっている。多くのスタートアップが返品プロセスの最適化に向けて、消費者が商品を返品・交換しやすくするプラットフォームを提供している。
・米ナーバー(Narvar)は小売りに返品プロセスのデータと可視化を提供することで、事業計画や在庫管理を改善し、商品の問題を速やかに特定できるよう支援する。
・米ループ・リターンズ(Loop Returns)はまずは交換を促す返品プラットフォームを手掛ける。
・米トローブ(Trove)は返品された商品の再販支援サービスを提供する。カナダのスポーツ衣料品メーカー、ルルレモンや米アウトドア用品大手パタゴニアなどが導入している。
□買い物プラットフォーム&サブスク型コマース
買い物プラットフォームは販売やビジネスの全ての重要機能を一元化する。優れた設計の魅力的な買い物プラットフォームやデジタル店舗を構築することは、小売りが自社を差別化する最も大事な方法の一つだ。
ECビジネスやオンライン買い物プラットフォームの台頭により、D2Cのサブスクリプション(継続購入)はこれまでにないほど設定しやすくなっている。サブスクモデルは顧客と長期的な関係を構築でき、顧客の維持率や生涯価値(LTV)を高めるため、D2Cブランドの間で人気が高まっている。
・米ナセル(Nacelle)や米ビルダー(Builder)は次世代EC技術「ヘッドレスコマース」を活用し、仮想ツールを使うかプログラミングなしでECサイトを構築できる。ナセルは21年8月、シリーズBで米タイガー・グローバル・マネジメントから5000万ドルを調達した。一方、ビルダーは多くの著名D2C企業の創業者やエンジェル投資家、消費者向け企業専門のベンチャーキャピタル(VC)から出資を受けている。
・カナダのボールド・コマース(Bold Commerce)、米リチャージ(Recharge)、米アップスクライブ(Upscribe)はECのサブスク導入を支援する。