量子技術、国家間で大競争 日立やトヨタなど背水の結束
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC313S70R30C21A5000000/
保存日:#量子技術 #エレクトロニクス
2021/5/31 22:10 [有料会員限定]
東芝が開発を進める量子暗号通信の送受信機
次世代テクノロジーである量子技術を巡る国家間の競争が激しくなるなか、日本の有力企業が手を組む。量子技術は素材開発や人工知能(AI)の利用に革新をもたらす可能性を秘め、一国の安全保障や経済力を左右しかねない。米中に出遅れ気味の新分野で競争力を発揮できる市場を築けるかが焦点になる。
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「量子技術は日本の産業界の発展を促すポテンシャルをもっている。産官学の英知を結集しなければならない」。31日に「量子技術による新産業創出協議会」の設立発起人会が開いたオンライン会見で、NTTの篠原弘道会長は強調した。日立製作所や富士通、トヨタ自動車などに加え、素材や金融など業種の垣根を越えた11社が参加し、世界と闘う体制づくりに挑む。
量子技術は量子力学と呼ぶ物理学の理論を応用したテクノロジーを指す。安全性が高い通信や高速処理できるコンピューターのほか、医療などでの応用が期待される超高感度の量子センサーなどの開発も進む。
開発には高度なものづくりの技術が必要だ。日本は一定の強みがあり、情報解析のVALUENEXの集計によると量子通信・暗号のハードウエアの関連特許では東芝が104件で首位、NECは88件で3位に位置する。約20年にわたり研究してきた東芝は暗号化に必要な「鍵」を送る速度や距離で世界最高水準をほこる。
東芝は積み重ねた技術を使い、2020年度に量子暗号通信の事業化に乗り出した。世界市場が35年度に約200億ドル(約2.2兆円)に拡大すると見込み、同社として30年度に30億ドル規模の売上高を目指す。
ただ「技術では負けない」と自負する日本も実用化で出遅れている。足元で20億ドル程度とみられる通信関連の世界市場の大半は中国が占めるもようだ。中国は国家主導で導入を進め北京と上海の間に長大なネットワークを構築。1月には人工衛星とも結んで4600キロメートルに及ぶ通信を実現したと発表した。銀行や送電会社の国家電網も利用しているとされる。
携帯電話や薄型テレビなど、日本が優れた技術をもちながら競争に敗れた事例は多い。かつて圧倒的な存在感を放った半導体も韓国や台湾に抜かれた。過去の反省を生かし、量子技術を普及させるにはインフラ整備や標準化などで政府との連携が欠かせない。そのための要の役割を新設の協議会が果たすことが求められる。
そのうえで米中に対抗するには、日本独自の戦略を描くことも必要だ。今後、数十年に及ぶとみられる量子コンピューターの開発では、豊富な資金や人材を抱えるグーグルやIBMなどの米IT(情報技術)企業などが相手になる。真っ向勝負は難しく、どの技術で挑むかを見極めなければならない。
日本勢は「疑似量子計算機」に期待をかける。量子力学の考えを取り入れつつ、現在のデジタル方式のコンピューターの技術で複雑な問題を解く。本格導入が20年後ともいわれる量子コンピューターと異なり、実用段階に入りつつある。市場開拓に成功すれば世界で勝負できる技術に育つ可能性がある。
疑似量子計算機は膨大な選択肢から「最適」な回答を見つけ出す計算に用いる。富士通はカナダのトロント大と共同で脳腫瘍などの放射線治療に利用。ガンマ線を照射する位置や強度の最適な組み合わせを約2分で選べるようにした。通常は医師が1.5~3時間程度かけて検討している。日立は数百人規模の従業員の勤務シフトを簡単に作成するシステムを開発、20年10月に外販を始めた。
東芝が開発した「疑似量子計算機」
NECが1999年に世界に先駆けて量子コンピューターの基本素子を実証するなど、歴史的に日本は量子技術の研究で存在感を放ってきた。ただ実用化が近づき「量子革命」と称される変革期を迎えるなか、世界から後れを取りつつある。政府は20年にまとめた「量子技術イノベーション戦略」で「極めて深刻な状況」と指摘。トヨタの内山田竹志会長も31日の会見で、実用化に遅れれば「将来の産業競争力を損なう」と懸念した。
協議会にはJSRや東京海上ホールディングス、第一生命ホールディングスも名を連ねる。量子技術の開発企業にとってはこうしたユーザー企業との連携も重要だ。世界の潮流は社内で技術を囲い込む時代から仲間づくりを通じた「オープンイノベーション」に移っている。日本の産業界が新たな革新モデルを築けるかが問われる。(AI量子エディター 生川暁、矢尾隆行、水口二季)