半導体、経済安保の要 日本勢は素材や装置で高シェア
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC126N00S1A410C2000000/
保存日:2021/5/31 2:00 [有料会員限定]
米中対立が激しくなるなか、経済・軍事の両面で戦略物資となる半導体産業の競争力維持が主要国の課題となっている。日本は半導体そのもののシェアで約9%と台韓勢の影で地盤沈下が続くが、関連の装置や素材では世界でトップシェアを握る製品も多い。これらの戦略商品の競争優位性を保つためにも、国内での半導体生産の維持・拡大が課題になる。
東京エレクトロンはシェア拡大へ積極投資を続ける(同社の国内拠点)
「全産業のチョークポイント(急所)となり得る半導体は単なる産業にとどまらず、経済安全保障の観点からも見ていかなければならない」。21日、自民党が立ち上げた半導体戦略の推進議員連盟。議連の最高顧問に就任した安倍晋三前首相は、居並ぶ議員を前にこう呼びかけた。
製造では台湾積体電路製造(TSMC)などに抜かれ、設計でも米クアルコムなどに追いつけない。デジタル産業を支える基盤部品として半導体に注目が集まる中、いまや再生議論は政界にも及ぶ。カギを握るひとつの分野が材料だ。
半導体の基板となるシリコンウエハーで信越化学工業とSUMCOの2社が世界シェア5割超を誇る。同社の橋本真幸会長は「ウエハーは半導体の中で極めて重要な素材だ。日本メーカーが技術を極めており日本の重要産業の一つだ」と話す。
回路形成に不可欠なレジスト(感光剤)も日本勢のシェアは9割に達する。JSRや信越化学などの企業が強い。半導体表面の研磨に用いるCMPスラリー(研磨剤)は昭和電工などが手がけており、日本勢だけでシェアが4割超に達する。
半導体需要の高まりを受けた投資も相次ぐ。信越化学は2022年までに日本と台湾にレジストの工場を新設する。投資額は300億円規模で、生産能力は台湾で5割、日本で2割高める。SUMCOも「工場や販路を一から造る『グリーンフィールド投資』を検討する時期にきている」(橋本会長)として新工場の検討を進める。
製造装置も競争力がある。半導体の製造工程はフィルム写真を撮影、現像する工程に似ている。スマートフォンやサーバーに使う最先端半導体はナノ(ナノは10億分の1)メートル単位の精度が要求される。回路パターンを描いたマスクに光を当ててシリコン基板に回路を焼き付ける工程、焼き付けた回路を現像する工程などが重みを増す。
調査会社グローバルネット(東京・中央)によると、ウエハーに感光剤を塗って現像するコータ・デベロッパは東京エレクトロンだけで9割弱、ウエハーのゴミや汚れを取り除く洗浄装置は日本勢で6割超を占める。後工程装置のダイシングソーではディスコが7割のシェアを持つ。
東京エレクトロンはiPhoneなど向けの半導体製造に欠かせないEUV(極端紫外線)関連工程で用いるコータ・デベロッパで世界唯一の量産メーカーだ。装置全体の出荷台数は年4000台で、データを活用した顧客工場の稼働率改善支援でも差別化を進める。
SCREENホールディングスは洗浄装置で45.8%の世界シェアを握る。数百にのぼる半導体の製造工程では、ウエハーを野球場に例えたとしてもスギ花粉1個分という微細なゴミや汚れが常に発生する。同社はこれを専用の薬液や純水を使って正確に取り除く技術で世界の最先端を走る。
東京エレクトロンは最先端の製造技術などに対応するため、3年間で4000億円以上の研究開発(R&D)投資を続けている。現在の活況を「(半導体市場の成長が何年も続く)ビッグイヤーズの入り口にすぎない」(河合利樹社長)とみて、シェア拡大へ積極投資を進める。
技術トレンドの変化も日本勢に挽回のチャンスをもたらす。ここにきて注目を集めるのがこれまでは付加価値が低かった半導体後工程だ。後工程はウエハーから個々の半導体チップを切り出して、配線やパッケージへの封入、テストを担う。
半導体各社はこれまでウエハー上に電子回路を書き込む前工程で回路をいかに細かくできるかを競ってきた。一方、1.5~2年で集積度が2倍になる「ムーアの法則」のような指数関数的な進化を50年以上続けてきた結果、技術的な限界が近いとの見方もある。
微細化が停滞しても、複数のチップを1つのパッケージに効率よくまとめられれば半導体の性能向上を継続できる。東京大学の黒田忠広教授は「装置や材料に強い日本が活躍できる分野だ」と指摘する。TSMCが21年中に茨城県つくば市に後工程材料の研究開発拠点を設け、幅広い日系企業との連携を探る。
日本経済新聞は特許調査会社パテント・リザルトの協力を得て、後工程で代表的な材料技術「多層回路」「封止材料」の有効特許件数(米国、2月末時点)を調査した。上位には後工程技術の研究開発を進めるTSMCやインテルと並び、信越化学やイビデン、新光電気工業など日本企業の名前が挙がる。
実際、20年秋から世界の半導体需要が急回復するなかで、パソコンやゲーム機などで使う先端半導体の後工程材料は品薄が目立つ。ある海外半導体メーカーの幹部は「日本メーカーの基板不足で量産が進まない製品がある」と漏らす。旺盛な需要を受け、イビデンはサーバー向けなどの高性能半導体向けパッケージ基板の増産に向け1800億円の投資を決めた。岐阜県大垣市の拠点で一部の工場棟を建て替え、23年度に量産を始める。
微細化に頼らない技術革新のけん引役として装置や材料の存在感は増す。新たなチャンスを生かせるかが問われる。
半導体生産、国内回帰論も
「国内勢と組みたかったが、受け手がいなかった」。東北大学の遠藤哲郎教授は話す。磁気を用いて半導体の消費電力を100分の1に下げる次世代技術を開発した。実用化に向けて提携先を探したが、量産対応できる国内メーカーはなく海外勢と組んだ。装置などでは国内企業とも協業するが、作り手不在は心残りだ。
最盛期の1988年には世界での売上高シェアは50%を超えた日本の半導体メーカー。92年には上位10社にNECや東芝など6社が食い込んだが、その後は長期低迷に歯止めがかからずいまやシェアは9%どまり。上位10社にもキオクシアが残っているのみで、日本のお家芸だった製造分野の地盤沈下はとりわけ深刻だ。
米国が製造の国内回帰を進めれば、日本が強みを持つ装置・素材の開発拠点が米国に移り、産業空洞化につながる恐れがある――。経済産業省が3月に開いた半導体戦略の検討会議ではこんな懸念も示された。
実際、日本国内に先端半導体の製造拠点がないなかで、装置や材料のメーカーは海外勢との連携を深めている。ある材料メーカーの幹部は「海外メーカーの開発案件を注視している」と話す。
とはいえ装置や材料も国内で開発・製造を続けていかなければ人材が育たず中長期での競争力低下につながりかねない。海外依存の高まりは安全保障上のリスクにもつながる。半導体そのものの製造のあり方も含め、日本としての青写真が改めて求められている。
(龍元秀明、佐藤雅哉)