それでも売った銀行株 バフェット氏の胸騒ぎか
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD134280T10C21A5000000/
保存日:2021/5/19 2:00 (2021/5/19 5:42 更新) [有料会員限定]

米著名投資家ウォーレン・バフェット氏が率いる投資会社バークシャー・ハザウェイは5月17日、米証券取引委員会(SEC)に2021年3月末時点の保有銘柄報告書(13F)を提出した。保有銘柄数は3カ月前から1減の43となり、株式保有額は0.2%増の2704億ドル(約29兆5000億円)になった。20年1月からの売買を振り返ると、銀行株を売ったのは失敗と言わざるを得ない。それでも執拗に売ったのは、将来への胸騒ぎがしたからだろうか。

米国の機関投資家が3カ月ごとに提出する保有銘柄報告書は米国上場の銘柄だけを記載しているため、バークシャー・ハザウェイが20年8月に保有を明らかにした日本の大手商社株などの動向はわからない。20年12月末現在の保有銘柄報告書からの主な変化は表の通りだ。サンコアエナジーとシンクロニー・ファイナンシャルをすべて売却し、代わりに保険ブローカーのエーオンを新規に取得した。

大きな動きとしては20年12月末に保有銘柄報告書に初めて登場した石油大手のシェブロンの株式を早くも51%売却した。17年12月末には278億ドルも保有していた米銀大手のウェルズ・ファーゴは、不祥事もあって19年ごろから目立って持ち高を減らしてきたが、1~3月期には2637万ドル分を手元に残して、ほぼすべてを売却した。

バフェット氏は長期投資家といわれるが、20年以上保有しているのは時価が多い順にアメリカン・エキスプレス、コカ・コーラ、ムーディーズだけとなった。前段のウェルズ・ファーゴや、買収前のジレットを引き継いだプロクター・アンド・ギャンブルはごくわずかを持つだけ。00年以降に保有した176銘柄の平均保有期間は4.54年にとどまる。

「投資の神様」「オマハの賢人」の異名をとるバフェット氏だが、20年8月30日に90歳になり、運用成績は年とともに低下している。バークシャー・ハザウェイの実力を測る方法は3通りある。①1株純資産(BPS)の変化、②株価の推移、③株式ポートフォリオのリターンだ。①と②は配当込みS&P500、③は配当を含まない通常のS&P500と比較すると、優位かどうかがわかる。

以下の2つのグラフは、これらのデータの10年移動平均(21年3月末だけは9年3カ月の移動平均)を年率換算している。かつてはベンチマークを大幅に上回るのが普通だったが、株式ポートフォリオのリターンは15年から、株価は17年から、1株純資産増加率は18年から、それぞれ過去10年間の実績を示す移動平均でみて、ベンチマークに勝てなくなった。

バークシャー・ハザウェイの運用成績の悪化は、米国株の上昇が続き、バフェット氏好みの割安株をみつけにくくなったことが一因との見方もある。これに関連して、株式を買うに買えない「待機資金」が増えていると指摘する向きもある。実際、21年3月末の貸借対照表には現金・現金同等物・政府短期証券(キャッシュポジション)が総額1454億ドル(約15兆8000億円)計上されている。

ただ、株価上昇を受けて株式の保有額も膨らんでいるので、運用資産全体に占めるキャッシュポジション比率が高まっているわけではない。21年3月末では外国株を含む株式を2986億ドル、債券を200億ドル持っているので、キャッシュポジションは31.3%だ。過去10年間の平均値の29.3%に比べて特別に高いわけではない。

バフェット氏の株式相場の先行きに対する警戒感は、むしろ執拗な銀行株売りに表れているのではないだろうか。投資の世界では後から振り返って「ああすればよかった」などといっても何の慰みにもならないが、バフェット氏は5月1日(米国時間)に米ロサンゼルスからオンラインで開いた年次株主総会で、大量に保有するアップル株の一部を20年に売却したことについて「恐らく間違いだった」と述べた。

確かにバークシャー・ハザウェイが保有するアップル株は20年6月末の9億8062万株から12月末の8億8713万株へ9349万株(9.5%)減少した。20年9~12月はアップル株だけで評価益を1億5900万ドル膨らませたが、もし売っていなければ増加分は1億6500万ドルだった。しかし、21年1~3月の下げ相場での評価損は、もし売っていなければ1億300万ドルに膨らんでいたが、実際には保有株数が減っていたために9300万ドルの損失で済んだ。

20年1月から21年5月17日までを通算すると、もし売っていなければ評価益は5億1833万ドルに達したが、現実には5億1820万ドルだった。違いは誤差のようなものだ。バークシャー・ハザウェイの株式ポートフォリオに占めるアップルのウエートは5月17日現在で39.1%にも達する。バフェット氏の個人資金の運用ではないのだから、本来はもっと依存度を引き下げ、運用成績が1銘柄に振り回されないようにすべきではないか。

それよりも売却が失敗だったと思えるのは銀行株だ。ウェルズ・ファーゴ株をほぼ売り切ったほか、20年には1998年12月末から保有銘柄報告書に継続掲載している地方銀行のM&Tバンク、13年12月末から掲載しているゴールドマン・サックス、18年9月末から掲載しているJPモルガン・チェースとPNCファイナンシャル・サービシズ・グループの合計4銘柄を完全売却した。

売却しないで持ち続けていたと仮定した場合の評価益は、実際に計上した売却益に比べ、ウェルズ・ファーゴで64億ドル、JPモルガン・チェースで41億ドル、ゴールドマン・サックスで27億ドル、PNCで8億ドル、M&Tで3億ドル多かったと試算できる。20年にバフェット氏が失敗したのは銀行株と航空会社株の売却だった。

新型コロナウイルスの広がりを背景に世界の株式相場は強弱感が激しく対立し、多くの投資のプロが対応に苦慮した。それでも、もしバークシャー・ハザウェイが銀行株と航空会社株をまったく売却していなかったならば、20年1月から21年5月17日までに膨らませた評価益は合計818億ドルに達し、現実に稼いだ624億ドルを194億ドルも上回っていた。

銀行株から完全に手を引いたのではなく、バンク・オブ・アメリカ、USバンコープ、ニューヨークメロン銀行をあまり株数を変えずに持ち続けている。ハイテク株の調整でアップルで稼ぎにくくなった21年1月以降は、残る銀行株が株式ポートフォリオの稼ぎ頭だ。それでもバフェット氏は折に触れて銀行株を手放そうとしている。

インフレの高進、資産価格の急落、金融システム不安、地政学的リスク……。いずれも株式相場には逆風になるだろう。バフェット氏は経済の先行きに胸騒ぎを覚えているのだろうか。