台湾有事、勃発見極める3つのポイント(写真=AP)
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM290X40Z20C21A4000000/
保存日:2021/5/17 2:00 [有料会員限定]
中国が「核心的利益」と位置づける台湾の周辺で、軍事活動を活発化させている。米国は中国の動きを強く警戒し、包囲網づくりに着手。主要7カ国(G7)の外相会合が5日にまとめた共同声明は台湾問題に言及し、中国をけん制した。だが、逆に中国は米主導の包囲網に強く反発しており、台湾を巡る緊張は高まるばかりだ。「台湾有事」は実際に勃発するのか。
台湾周辺に侵入する中国の戦略爆撃機(上)と、台湾のF16戦闘機=AP
①他地域混乱、米国が「よそ見」
中国は今後6年以内に台湾に侵攻する可能性がある――。米インド太平洋軍のデービッドソン司令官(海軍大将、肩書・階級とも当時)がこうした認識を米上院軍事委員会の公聴会で示したのは3月9日だった。同氏の後任に指名されていたアキリーノ海軍大将(その後正式就任)も同月23日、中国軍の台湾侵攻のタイミングについて「大方の予想より早い」と同公聴会で述べた。当事者たちの危機意識の表明が相次ぐなかで、実際の台湾有事発生を見極める留意点について考える。
2012年11月に共産党総書記に就任した習近平氏は翌13年3月には国家主席にも就き、中国の最高権力者の地位を得た。17年には、それまでは「21世紀半ば」をメドとしてきた「中国軍の現代化」の期限を35年に前倒しするとともに、18年の憲法改正で「国家主席の任期は2期10年まで」との規制を撤廃した。
デービッドソン氏が挙げた「今後6年以内」というメドは、言い換えれば「27年までに」ということになる。同年は習氏が国家主席としての3期目の任期を満了する前の年だ。米軍としては、習氏がその時までに中国共産党の宿願である台湾併合について決着をつけ、それを実績として4期目も狙うのだろうと踏んでいるわけだ。
中国軍に目をやると、習政権が近年、潤沢に軍事予算をつけ続けてきたことで軍の装備は、陸海空の通常兵力、核など戦略兵器、宇宙・サイバー・電磁波など新たな領域とも史上かつてなかったほど厚みを増している。米軍を参考に、習政権時代に入ってから着手した軍の編成改革で陸海空統合作戦もしやすくなった。現政権の恩恵の下でここまで育った軍は、政権から軍事作戦発動の命令を受ければ逆らえない。
米インド太平洋軍のアキリーノ新司令官=共同
重要なのは、現在の中国軍高級幹部が実戦体験のない世代であり、装備の充実などからくる「先走った自信」と、強大で経験豊富な米軍への「焦り」という二つの感情が入り交じった状態にあることだ。かつて旧日本軍がこれと同様の心理に陥り「今なら米軍に勝てるかもしれない」「今やらないと先々はますます厳しくなる」として、日米の総合的な国力の差を無視して対米開戦に突き進んだ。太平洋をはさみ当時とよく似た状況が今度は米中間に生まれている。
さらにいえば、米海軍大将が相次いで中国軍の脅威を指摘することには、米議会により多くの国防予算を求める「ポジション・トーク」という側面に加えて、あたかも「米軍が中国軍に押されているようなイメージ」を醸し、中国軍高級幹部の自信過剰ぶりを増幅させるもう一つの効果も期待できる面がある。米軍は、今年4月、南シナ海で中国空母遼寧と米駆逐艦マスティンがすれ違った際に、同駆逐艦の艦長が艦の縁に足を投げ出して余裕たっぷりに遼寧を眺める写真を公開し、中国軍を挑発してみせた。米軍はさまざまな心理操作を組み合わせることで、中国軍に「最初の一発」を撃たせようとしているようにもみえる。この点も80年前の太平洋とほぼ重なる。
近年の軍拡で「量」の面では大きくなった中国軍だが、士気など「質」の面ではまだまだだとされている。中国軍が量だけでなく質の面でも強くなってしまう前に中国軍を弱体化させたいとの空気は、実は米軍だけでなく日本の安全保障関係者の一部にもある。
そのうえで「有事はいつか」という本題に入る。押さえておくべきは中国が国際社会で何らかの大きな軍事行動に出る際に示す「起きた状況をとっさに利用しようとする行動パターン」だ。1950年から53年まで続いた朝鮮戦争に米軍がはまり込んでいる裏で、近代的な国家システムを有していなかったチベットに侵攻したのがその典型例だ。最近では、世界に新型コロナ・ウイルスがまん延したのを逆手に取ってすばやく「ワクチン外交」を展開し、国際社会への影響力増大を図っている。
こうした機会主義的な共産党政権の動きを踏まえれば、欧州や中東など世界の他地域で大規模な戦争が起き、米軍がそちらに主力を割かねばならない状況こそが、中国軍にとっては台湾侵攻に動きやすいタイミングとなる。ウクライナとロシアの対立や、イランとイスラエルの対立、北朝鮮情勢など足元の国際情勢の展開次第では、突如として台湾海峡が有事を迎えてもおかしくない。台湾有事のタイミングを見極める第一の留意点は「他地域の動きも併せ見て、連動して考える」ことだ。
②「からめ手」攻撃で、インフラ障害頻発
次に、台湾侵攻を阻止しようとする台湾軍と米軍、それを支える形になるであろう自衛隊やオーストラリア軍などの連合勢力を中国軍が正攻法で倒せる保証がない以上、彼らは相手の意表を突く「からめ手からの攻撃」を多用する、と考える必要がある。2016年に中国共産党員の男が日本国内でレンタルサーバーを偽名で契約し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)へのサイバー攻撃に関与していた疑いがあることがこのほどわかった。このように、中国の工作員は平時から日本や台湾に入り各種の工作活動をしている。台湾有事が起きるとき、その「戦場」は台湾海峡にとどまらないと考えるべきだろう。
おそらく中国軍は台湾海峡を越えるのに先立ち、台湾軍や米軍、自衛隊の動きを妨害すべくさまざまな破壊工作に出る公算が大きい。その標的な基地・駐屯地だけに限らない。基地・施設のある自治体一帯が突如大規模な停電に見舞われたり、広域で電話やインターネットが途絶したりするなど、一見して台湾有事とは無関係にみえるトラブルでも、そうした事例が短期間に続発するようであれば「有事切迫」を疑う必要が出てくる。これが第二の留意点だ。
③米軍・自衛隊に小さな「変化」
第三の留意点は、米軍や自衛隊の側の動きから有事切迫を探ることだ。
南シナ海を航行する米空母=AP
16年から18年にかけて北朝鮮が弾道ミサイルを連射し、朝鮮半島情勢が緊迫した際、米軍は空母と随伴艦からなる「空母打撃群」を最大で3個も半島付近に展開させ、さらに居場所を示さないことが重要なはずの特殊な戦略原子力潜水艦ミシガンをあえて韓国・釜山に寄港させることで、北朝鮮を威嚇・抑止した。この先、米軍が同様の動きを台湾や日本の周辺で示せば、中国軍の台湾侵攻の兆しをキャッチし、対抗行動をとり始めたとみたほうがよい。
これよりも目立たないが、普段は米本土の基地などに常駐するステルス戦闘機部隊や戦略爆撃機、特殊な偵察機などが沖縄・嘉手納基地や山口・岩国基地、全国の航空自衛隊の基地などにさりげなく展開しているような場合も、警戒を増す必要がある。
在日米軍や自衛隊の戦闘機や艦艇が突如一斉に基地・母港を離れ、各地に分散するなど「戦略機動」と呼ばれる有事特有の動き(中国軍の弾道ミサイル攻撃によるダメージを小さくする予防策)を見せれば、訓練でない限り、緊急事態が既に始まっているとみるべきかもしれない。