バイデンの100日 「大きな政府」に秘める野心(写真=ロイター)
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB218KL0R20C21A4000000/
保存日:2021/4/24 2:00 [有料会員限定]
バイデン大統領は就任100日を迎える=ロイター
偉人として後世に名を残したい。米国の大統領なら誰もが抱く野心だろう。そんなレガシー(遺産)への渇望を、米ジャーナリストのエリザベス・ドリュー氏は「ラシュモア山症候群」と評した。選ばれし大統領4人のモニュメントで知られるサウスダコタ州の名所にちなんだ表現である。
第46代のバイデン大統領も例外ではあるまい。トランプ前大統領の失政や未曽有のコロナ禍が重なり、混迷と分断を深めた超大国。その再建を託されたバイデン氏は4月29日、政権発足から100日の節目を迎える。凡庸との評さえあった「癒やしの指導者」は、予想以上の野心を秘めていた。
サウスダコタ州のラシュモア山にはワシントンなど著名な4人の大統領の彫像がある=AP
バイデン氏の外交が革新的とは言い難い。地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」への復帰、世界保健機関(WHO)からの脱退取り消し、日欧などとの同盟関係強化……。「かつての米国が戻ってきた(America is back)」というスローガンが物語る通り、トランプ時代の孤立主義や単独行動主義と決別し、本来の国際主義や多国間主義に回帰する政策にすぎない。
「中間層のための外交」や、競争と協力の均衡点を探る対中戦略も、いまはまだ手探りの段階だ。米国のドクトリン(主義)と呼べるようなものに進化するかどうかは見通せない。
特筆すべきは内政である。「大きくいこう(Go big)」と銘打った1.9兆ドル(200兆円超)の景気対策と2.3兆ドルの成長戦略は、政府の規模や役割の再定義に発展するかもしれない。トランプ氏が自身のモットーとしてきた「大きく考えよう(Think big)」とは、明らかに次元が異なる。
コロナ後も見据えた成長基盤の強化や格差の是正を急ぎ、温暖化や高齢化に対応しつつ、中国との新冷戦や様々な地政学リスクにも備える――。米国が抱える多くの問題を解決するため、政府の権限や予算の必要性が増しているのは確かだ。バイデン氏の大規模な財政出動の狙いもそこにある。
少数の強者が所得も資産も手に入れ、多数の弱者を置き去りにする資本主義の現状を、米経済学者のブランコ・ミラノビッチ氏は「ホモプロウティア(Homoploutia=同一の人間が握る富)」と呼んだ。スウェーデンの科学者ヨハン・ロックストローム氏は「生態系の安定は年間125兆ドル程度の便益を与えているとの試算もある。正当な対価を支払わず、地球を自由に利用できる時代は終わった」とみる。
世界を取り巻く環境が激変し、市場の機能と「小さな政府」を尊ぶ新自由主義の限界が叫ばれても、これに取って代わる理念が確立したわけではない。バイデン氏が内政の「トランスフォーメーション」や「パラダイム・チェンジ」を公言するのは、国家の機能と「大きな政府」を重んじる米国への転換を志向している証拠だ。
大恐慌に挑んだルーズベルト元大統領のニューディール政策が、その背中を押したのは間違いない。「無関心の氷に閉ざされた政府の一貫した不作為よりも、慈悲の精神にあふれた政府が時たま犯す過ちの方がましだ」。国家の介入を極限まで追求した先達にならうかのように、バイデン氏も少なすぎる(too little)道を絶ち、多すぎる(too much)道に賭ける。
もちろん危うさは残る。過大な財政出動は政府の債務を膨らませるだけでなく、景気の過熱やインフレも助長しかねない。産業や貿易への過剰な介入が、経済全体をゆがめる恐れもある。「政府にカネと権力を与えるのは、10代の少年にウイスキーと車の鍵を渡すようなものだ」(米ジャーナリストのパトリック・ジェイク・オルーク氏)。米国に巣くう政府への強い不信感を、解消するのは容易ではない。
1989年の米ソ冷戦終結は、民主主義と自由経済の勝利を決定づける「歴史の終わり」とみなされた。それが「歴史の休日」にすぎなかったのは、いまの米中新冷戦が示す通りだ。
バイデン氏は「大きな政府」で、ひとつの歴史の終わりを探るとみる向きもある。フルネームの略称「JRB」は後世に語り継がれるだろうか。