台湾・鴻海「米1兆円工場」が頓挫 トランプ政権終幕で
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM203J20Q1A420C2000000/
保存日:2021/4/20 20:30 (2021/4/20 20:40 更新) [有料会員限定]
トランプ前大統領㊥と笑顔で起工式に出席した鴻海の創業者、郭台銘(テリー・ゴウ)氏㊨(18年6月、米ウィスコンシン州)=ロイター
【台北=中村裕】台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業が米国で予定していた1兆円を超える新工場の建設計画が頓挫した。進出予定先の州政府は19日、工場の建設が今も進んでいないとし、40億ドル(約4400億円)の税優遇措置を実行しないと発表した。華々しい発表から4年弱。新工場計画は大幅な縮小を余儀なくされた。関係者を翻弄し、政争の具ともなった巨大プロジェクトはようやく幕を下ろした。
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鴻海が米中西部のウィスコンシン州に新工場の建設計画を発表したのは、2017年7月。創業者である郭台銘(テリー・ゴウ)氏が米ホワイトハウスに招かれ、そのわずか半年前に就任したばかりのトランプ前大統領の目の前で発表した。
鴻海の創業者、郭台銘(テリー・ゴウ)氏はホワイトハウスのイベントで建設計画を発表し、拍手喝采を浴びた(17年7月)=ロイター
総額100億ドル(約1兆1000億円)に上る巨額投資で、液晶パネルの一大生産拠点をつくるとした。地元には1万3000人の雇用が生まれると説明し、国内外の取引先メーカーや関係者らは期待を膨らませた。
それから4年弱。新工場はいまだ着工せず、建設予定地では液晶パネルとは全く異なる建屋が建ち、ネットワーク機器や医療品などが一部生産されるだけ。従業員もいまだ数百人にとどまる。
こうした状況に、この数年間、ウィスコンシン州のいら立ちは募るばかりだった。1万3000人の雇用を条件に、州政府は40億ドルの税優遇措置を用意したものの、鴻海の新工場の建設は一向に進まなかったためだ。
「本当に100億ドルの新工場を造る気があったのか? あまりに不誠実だ」。そんな問いかけも、鴻海はのらりくらりとかわし続けた。しびれを切らした州政府がようやく動いたのが20年10月。鴻海に対して最後通告ともいえる「税優遇の見直し」を言い渡し、支援の打ち切り方針を示した。
それでも当初、鴻海は食い下がった。「(液晶パネル以外の製品の)投資を段階的に続けており、地元に雇用を創出している」と強調し、支援打ち切りに反対を続けた。
そんな鴻海もようやく19日、白旗を揚げた。新工場が当初の予定通り進んでいない事実を認め、40億ドルの支援を受け取らないことで州政府と合意。当初計画は白紙になったと発表するに至った。
なぜ、ここまで話がもめたのか。背景には、鴻海だけでは決められない政治的な理由も色濃くある。巨額投資に踏み切る企業の工場進出とあれば駆け引きは少なくない。
ウィスコンシン州は、白人労働者層が多いラストベルト(さびた工業地帯)にある。工場が多く、労働組合も強く、もともとは民主党の地盤だった。だが16年の大統領選で共和党のトランプ氏は激戦州として知られる同州で勝利を決め、大統領に当選した。
ただ支持基盤は盤石ではない。そこでトランプ氏は17年の就任直後から、20年の大統領選をにらみ動いた。特に18年11月の中間選挙が前哨戦とみて、同州知事選で共和党のスコット・ウォーカー知事の再選を狙い、大きく後押しした。選挙で地元に必要なのは大きな「アメ」ともいわれる。トランプ氏は同州への「アメ」として、鴻海の新工場の誘致を成功させた。
それが大統領就任からわずか6カ月後、17年7月の鴻海の郭氏によるホワイトハウスでの新工場発表につながったのだ。
トランプ前大統領は鴻海の巨額投資で地元に多くの雇用が創出されるとアピールしていた(18年6月、米ウィスコンシン州)=ロイター
そして中間選挙と同時に行われる州知事選まで5カ月に迫った18年6月。ウィスコンシン州では、鴻海の新工場の起工式が行われ、トランプ氏自らが出席。誘致の成果を強調し、ウォーカー氏、鴻海の郭氏の3人は仲良く並んで笑顔で土にくわを入れた。
会場では当時、1兆円を超える投資をトランプ氏が誇らしく語り、これこそ「米国の製造業の復権、米国第一の象徴になる」と声を上げ、鴻海も大いに持ち上げた。
だが、トランプ氏のあからさまとも言えた利益誘導に民主党が反発し、計画の見直しを求めた。そして迎えた18年11月の州知事選。結果は民主党に軍配が上がる。トランプ氏は保守派知事のリーダー格でもあったウォーカー氏を失い、大きな痛手を負った。
これが最初の転機で、これを機に鴻海の工場建設の計画は危ぶまれるようになった。そもそもトランプ氏と共和党知事のもとで決まった鴻海支援だ。多額の支援は見込みにくいと悟った鴻海のトーンも次第に下がった。
鴻海が1兆円を投じる予定だった米ウィスコンシン州の敷地。大型投資は幻に終わった=ロイター
その流れが決定的になったのが、20年11月の大統領選だ。トランプ氏が敗北したことで、鴻海の計画は終焉(しゅうえん)に向かった。
18年のウィスコンシン州知事選で、鴻海のプロジェクトを批判して共和党のウォーカー氏を破り、州知事となったトニー・エバーズ氏。同氏は19日、鴻海との今回の合意について「これがみんなのためになる」との声明を発表し、今後も鴻海に必要な支援は行うと冷静に語った。これに対し、鴻海の経営トップの劉揚偉董事長も20日、「(次のステージに向かうための)非常に大きな一歩になった」と語った。
4年間、政治にまみれ、取引先など関係者を翻弄し続けた鴻海の新工場計画――。鴻海の劉氏は同日、今後の用地活用などについて「ウィスコンシン州で6月末までに電気自動車(EV)の新工場を建設するかどうかを決めたい」などと記者団に話した。