海図なきインフレ圧力の荒海(写真=ロイター)
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD143580U1A410C2000000/
保存日:2021/4/19 2:00 [有料会員限定]
一度きりの波で終わるのか、インフレ率の居所が変わる「潮位の変化」なのか――。
米国の物価上昇を巡って、市場関係者の見方が割れている。インフレは金利上昇(債券相場の下落)、ひいては株高を脅かす火種になりかねず、論争の行方から目が離せない。
現状では「足元のインフレ率上昇は一時的で、金利上昇は加速しない」という読みが多数派だ。3月の米消費者物価指数(CPI)は前年同月比2.6%の上昇となったものの、その後、米10年債利回りは一時1.6%割れまで低下した。ひところの金利上昇リスクに神経をとがらすムードはない。
一因は物価連動債市場が示す期待インフレ率(BEI)の落ち着きだろう。BEIは10年物で2.3%程度。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)で1%を割ったところから大きく戻ったものの、上昇にはブレーキがかかってきた。この水準なら米連邦準備理事会(FRB)のターゲットの範囲内だ。
こうした読みの背景には「雇用の大穴」がある。イエレン米財務長官は3月、公式統計で6%程度の失業率は、コロナ禍による雇用市場からの退出などを考慮すれば「実質的には10%程度」という認識を示した。確かに物価や賃金が継続して上昇する状況は遠い。FRBのパウエル議長も「完全雇用までゼロ金利を続ける」と明言している。
とはいえ、市場の警戒感はなお根強い。米バンク・オブ・アメリカの4月の機関投資家調査では、テール・リスク(確率は低いが現実になると影響が大きいリスク)として、「債券市場の波乱(テーパー・タントラム)」と「インフレ」を挙げる回答者がそれぞれ3割に上った。
SMBC日興証券のチーフエコノミスト牧野潤一氏は「夏場以降、米国の物価と金利の上昇リスクが一段と高まる局面が来そうだ」と危惧する。経済の正常化と大型の財政支出の相乗効果で想定以上に雇用が急回復してサービス価格が上がり、中期的に米長期金利を2.5%超に押し上げる可能性があるとみる。
一方、長い目でみれば、政策のインパクトは限定的との見方もある。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「財政支出を拡大し続けることはできず、どこかで『崖』が来る。需要サイドから金利やインフレの居所を恒常的に押し上げるのは難しい」と話す。コロナ前から進んでいた米国の低金利・低インフレ傾向は「格差拡大による富裕層の過剰貯蓄とイノベーションによる生産性向上のダークサイドであり、そうした経済構造は温存される」(河野氏)という見立てだ。
FRBのパウエル議長は「完全雇用までゼロ金利を続ける」と明言する=ロイター
新型コロナ危機以降、経済とマーケットは未曽有の視界不良の中にある。インフレの行方も見えない状況が続く。
確かなのは、ワクチン接種同様に出遅れ気味の日本では実感しにくいが、最上流の商品相場を含め、すでにインフレ第1波は到来していることだ。
理想のシナリオは「高成長・高インフレ」から「安定成長・適度のインフレ」への移行、いわゆるゴルディロックス(適温)経済の再来だろう。だが、危機と各国の財政・金融政策が作り出した波の高さを考えれば、軟着陸は至難の業だ。
この先には「海図無き荒海」が待っていると覚悟しておいた方が良さそうだ。
(編集委員 高井宏章)