半導体、「TSMC一極集中リスク」世界で強まる
作成者:
ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM147L20U1A410C2000000/
保存日:2021/4/15 12:00 (2021/4/15 19:38 更新) [有料会員限定]
TSMCの設備投資額が膨張を続けている(新竹市の本社)=ロイター
【台北=中村裕】半導体大手の台湾積体電路製造(TSMC)の設備投資の急拡大が続いている。2021年は前年比74%増の300億ドル(約3兆3千億円)に達し、今後3年間で計11兆円を投じる計画だ。バイデン米大統領は12日、「(半導体で)再び世界を主導する」と訴えた。だが、TSMCの独走が続いているのが現実だ。世界はむしろ、今後一段とTSMC依存を強め、一極集中リスクを背負うことになる。
台湾南部の中核都市、台南市。見渡す限り工場以外に何もない巨大な敷地で今、世界で最先端の半導体の新工場建設が急ピッチで進む。生産するのは、半導体の性能を示す回路線幅が3ナノ(ナノは10億分の1)メートルの世界最先端品。米アップルのスマートフォン「iPhone12」向けに先端の5ナノ品を供給する工場のすぐ隣で建設が進む。
台南市では何棟にも分かれて急ピッチで新工場の建設が進む(3月)
世界で唯一の「3ナノ品」欲しさに早くも今、アップルをはじめ世界中の大手が「TSMC詣で」による争奪戦を続け、新工場完成を待ちわびる。3ナノ品も約半分はアップルが買い占め、来年発売の最新のiPhoneに搭載される見込みだ。
その台南市から北へ220キロメートル。TSMCの本社周辺でも、工場新設のプロジェクトが慌ただしく進む。台南で建設中の工場の「3ナノ品」よりも、さらに先を行く「2ナノ品」の新工場建設だ。
「業界でも未知の領域といわれ、本当に実現できるとは思わなかった」。日系大手装置メーカーの幹部が驚く2ナノ品の新工場だ。すでに工場用地の取得をほぼ終え、新工場の着工を控えている。
TSMCの投資は今、急激に膨れ上がっている。わずか5年前、15年の投資額は約81億ドル(約9千億円)だったが、21年は4倍弱に膨らむ。大半を台湾域内の台南や新竹の新工場建設に充てる。
15日に発表した21年1~3月期決算は、売上高が四半期として過去最高の前年同期比約17%増の3624億台湾ドル(約1兆4千億円)だった。好決算を発表したこの日、さらに3兆円超の投資ペースが今後少なくとも3年間続くと表明した。
「異常ともいえる巨額投資だが、今後3年間で唯一といえるライバルのサムスン電子(韓国)との差がさらに広がるだろう」。両社に装置関連品を供給する日系メーカーの幹部は指摘する。
新竹の本社地区では世界最先端の2ナノの工場建設が予定されている=TSMC提供
半導体は、投資競争ともいわれる。だが現実には技術開発が進まずには投資はできない。TSMCがここに来て巨額投資を打ち出したのも、技術開発のメドが十分に立ったためだ。ではなぜ、TSMCが技術で世界を圧倒するのか。ライバル、サムスンと比べると分かりやすい。そこには技術以外にも決定的な構造的理由があり、TSMC依存を高めている。
サムスンは半導体メーカーであると同時にスマホをはじめとした電機メーカーだ。それがネックで、例えばアップルは、スマホでライバルのサムスンにわざわざ半導体の生産を委託しない。ライバルに手の内を明かす企業などないからだ。
こうした企業にとって現在、商品性能を決める最先端の半導体を確保する際の選択肢は事実上TSMC1社のみ。TSMCは自社の力はもちろん、こうして世界中から顧客の注文と開発協力を得て、総合的に技術力を上げる好循環を作り上げた。
その結果、台湾の調査会社トレンドフォースによると、半導体の受託生産で足元の世界シェア(21年1~3月期)はTSMCが56%。それに対しサムスンは18%。世界2強とはいえ、その差は歴然。さらに今、サムスンは「(TSMCが既に量産する)『5ナノ品』の歩留まりが上がらず苦労している」(関係者)とされ、その差も今後さらに広がると予想される。
こうした状況下、2社を追う米インテルが3月、半導体の受託生産を始めると発表した。世界2強を相手に復活の格好をみせたが、現実は厳しい。最先端の開発で2強に大きく後れを取るなか、仮に受託生産ビジネスが立ち上がっても「世界の企業が注文を出すのは、車向けなど何世代も前の半導体だろう」(台湾の電機メーカー)と、業界の見方は冷ややかだ。
創業者である張忠謀(モリス・チャン)氏は常に米中をにらみながら経営を続けていた=ロイター
半導体復権に焦る米国は今月12日、インテルやTSMC、サムスンなど大手19社の経営者らを集めた緊急協議の場を持ち、今後、半導体のサプライチェーン(供給網)の強化の必要性を確認した。表向きは世界的な問題の半導体不足への対応などだ。だが、内情を知る関係者は「地盤沈下した米国の半導体生産をTSMCとサムスンの力を利用して復活させたい思惑もあった協議だった」と指摘した。
実際、バイデン大統領は協議に関連し、半導体の国内生産回帰を掲げ、米国が「再び世界を主導する」と訴えた。だが世界が激しい競争を繰り広げるなか、安々と米国に力を貸す企業はいない。世界で今、最先端の半導体を作れる企業はTSMCとサムスンの2社にまで絞られた。長年の成果で、その2社にも差が付き始めた状況下、米国は今後何ができるのか。
米政府は「業界の巨人」とされたインテルを信用しすぎるあまり、業界の力学を認識するのがあまりに遅かったと指摘される。半導体大国を自負する米国にこの先、逆転のシナリオはあるのか。なければ、技術進化が進む世界はこの先、さらにTSMC1社依存を強めざるを得ず、大きなリスクも背負う覚悟が必要になる。