スマホ機器で100億円 アンカー日本法人COOの販売戦略
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ09BCL0Z00C21A2000000/
保存日: 2021/4/12 2:00 [有料会員限定]

えんど・あゆむ 2009年米国の大学を卒業後、デロイトや日本産業パートナーズを経て14年にアンカー・ジャパン入社。モバイルバッテリーなどの販路開拓を指揮。20年から現職。東京都出身。

スマートフォン向けモバイルバッテリー大手で、中国企業グループのアンカー・ジャパン(東京・千代田)が急成長を遂げている。取締役COO(最高執行責任者)の猿渡歩(34)は日本進出の翌年に入社。マーケティングや事業開発の責任者として、転職組も多い異色の集団を率いてきた。

■「勝ち筋がみえた」

「経営者になるために事業会社を経験したい」。新卒で入った米コンサルティング大手のデロイトや、投資ファンドの日本産業パートナーズ(東京・千代田)を経て、アンカー・ジャパンへの転身を決断したのは2014年のことだ。「ファンドでもPL(損益計算書)責任を持てるが、いつか売り抜けないといけない」。求めたのは事業会社ならではの収益に対する目的意識と達成感だった。

ただ当時は27歳で日本企業だと役職のない可能性が高く、スタートアップを目指そうと決めた。ガジェット好きもあって、日本法人の立ち上げ時期だったアンカーに興味を持つ。中国本社トップのドンピン・ジャオと面談し、その合理的な思考法に共感した。「製品が良くて経営陣も優秀。マーケティングを頑張ればと勝ち筋がみえた」。

とはいえ当時のアンカーは日本で無名の存在。従業員も数人しかおらず、輸入した商品をアマゾンで売るだけだった。都内のオフィスも地域で最低水準の家賃だ。備品調達や経費精算のような業務フローも自ら整えていく環境だったが、「いいオフィスに固定費を払うくらいなら、人件費やマーケティングに払う方がいい」と前向きに捉えた。

■KDDI向け大型案件つかむ

手始めにアマゾンの製品紹介ページに残っていた「雑な日本語」を一掃。次に価格設定の合理化に取り組んだ。「(マーケティングの重要要素のうち)プロダクトは本社、プレイスはアマゾン。そこでプライスをすべて見直した」。コンサルやファンドで培った回帰分析の手法を駆使した価格戦略で、販売数を徐々に伸ばしていった。

飛躍のきっかけは15年、KDDIから携帯ショップなどで販売する5ポートのUSB充電器を受注したことだ。スマホやタブレット端末など複数のデバイスを持つ人が増え、一度に充電できる製品が求められていた。まだ知名度が低く、「入札に呼ばれたが本命ではないと思っていた」が、大型案件をつかんだ。

躍進のきっかけとなった通信大手向けの5ポートUSB充電器

そこからが大変だった。大手とのビジネスには一般の法規制より厳しい品質が求められる。「規制は守っているのに、なぜそこまでやる必要があるのか」――。中国本社からは反対の声が上がった。工場などで追加作業が発生してコスト高になったが、日本市場での必要性を粘り強く訴えた。厳しい品質基準への対応はその後、アンカー全体で品質を高める土台となった。

■アマゾンで国内シェア1位に

同じ年、アンカー・ジャパンは充電器やモバイルバッテリーに続く主力分野としてスマホ連動のワイヤレススピーカーなどオーディオ機器に進出する。パソコン周辺機器メーカーが主な競合相手のモバイルバッテリーと異なり、今度はソニーや米ボーズ、米JBLといったブランドのある大手との戦いだ。後発としての参入は大きなチャレンジだった。

それでも勝算を持てたのは、スマホの音楽を手軽に再生するニーズが広がるなかで、当時のオーディオ機器市場は有名ブランドの高級品、廉価品に二極化していたからだ。猿渡はその中間に生まれているはずの潜在市場を狙った。モバイルバッテリーで磨いたノウハウもフル活用し、参入1年足らずでアマゾンで国内シェア1位を獲得した。

その後もロボット掃除機や家庭用プロジェクター、テレワークに適したウェブ会議システムなどニーズを捉えた製品を次々投入。通販サイトを軸に、機能と価格のバランスを重視した製品を素早いサイクルで出し続ける戦略が当たった。進出6期目の18年、売上高100億円を突破する。

■即断即決で成長急ぐ

急成長はアンカー特有のスピード感が支えている。中国本社は日本への権限委譲を進め、本社決裁を待つ必要は少ない。猿渡は社員がチャットで次々に上げてくる情報から、即断即決していく。「売れなかったら次にいけばいい。決めるのは消費者だ」。手応えを感じたらカラーバリエーションや上位機種をそろえ、一気に販売を拡大する。

猿渡が大切にしているのは人材力だ。日本で珍しいハードウエアのスタートアップという環境を求め、同社には米IT(情報技術)大手の日本拠点や外資系コンサルなどから腕利きの人材が集まってくる。「戦略を描くだけでなく、やりきれる人材をとりたい」。ほぼ毎日、採用面接しているという猿渡は次の成長を見据えている。=敬称略

(龍元秀明)