米、巨大ITと対決姿勢 FTC委員に反アマゾン急先鋒
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN2303V0T20C21A3000000/
2021/3/24 2:00 (2021/3/24 5:20 更新) [有料会員限定]
バイデン氏がFTC委員に指名したリナ・カーン氏=Shah Ali撮影
バイデン米政権が巨大IT(情報技術)企業との対決姿勢を強めている。企業を反トラスト法(独占禁止法)違反で提訴するかを決める米連邦取引委員会(FTC)の委員に米アマゾン・ドット・コムへの批判で知られる新進気鋭の法学者を指名した。独占・寡占への批判が強まる可能性が高く、IT大手との攻防が激しさを増しそうだ。
「過去2カ月にわたって傑出した人事が相次いでいるが、リナ・カーン氏の起用はその最新の事例だ」。米議会下院で反トラスト法を管轄する小委員会の委員長を務めるシシリン議員は22日、歓迎するコメントを出した。
シシリン氏らはIT大手を調査し、2020年10月に「事業分離」などを提言した報告書をまとめた。小委員会で「知恵袋」の役割を果たしたのが米コロンビア大学の准教授を務めるカーン氏だ。上院の承認を得られれば史上最年少の32歳で、5つあるFTC委員の席の一角を占めることになる。
今の反トラスト法の枠組みでは現代の市場支配力をきちんと把握できないのではないか――。カーン氏が注目を浴びたのは17年のことだ。大学院在籍中に「アマゾンの反トラスト・パラドックス」と題した論文で、デジタル市場の競争政策に新たな視点を提供して評価を受けた。
背景には独占に対する考え方の変化がある。1970年代に米企業が国際競争で苦戦すると、消費者利益を重視して自由競争が生み出した独占には寛容に対応する「シカゴ学派」が主流になったが、現在注目を集めるのは勝者総取りを防ぐ「新ブランダイス学派」だ。カーン氏もその1人と目されている。
20世紀初頭の米最高裁判事で反トラスト法を「資本家による産業支配の確立を防ぐ法律」と位置づけたルイス・ブランダイス氏に由来する。同学派は反トラスト法の目的がここ数十年、消費者利益の保護に狭められてきたと批判。初期反トラスト法が手をつけたスタンダード・オイル解体などのように、市場構造の保護にも力を入れるべきだと主張している。
カーン氏は、アマゾンで商品を販売する企業や投資家に聞き取り調査し、書店などの競合が潰れてイノベーションをもたらす市場競争が乏しくなると指摘した。消費者に商品やサービスを安く提供することだけでなく、社会全体を対象に独占の弊害をとらえて取り締まるべきだという主張だ。
トランプ前政権では末期に米司法省が米グーグル、FTCも米フェイスブックをそれぞれ提訴したが、バイデン氏は態度を鮮明にしていない。副大統領を務めたオバマ政権がシリコンバレーとの蜜月関係を築いたことから「現実的な落としどころを探る」(米ベンチャーキャピタル幹部)との見立てもあった。
楽観論は急速に後退している。3月5日にはホワイトハウスの米国家経済会議(NEC)で競争政策を担う大統領特別補佐官にコロンビア大のティム・ウー教授を起用した。IT大手の解体論を唱える強硬派だ。
「(カーン氏の起用は)法律を慎重に執行する観点から逸脱している」(共和党のリー上院議員)。共和党や民主党の中道派の間では過剰規制がIT企業の競争力をそぐとの懸念がある。米スタンフォード大学のダグラス・メラメド教授は空席となっているFTC委員長やもう1人の委員に主流派を起用しバランスをとる可能性を指摘する。
一方、「米競争法が役割を果たすうえで賢明で思慮深く、挑戦的な人物だ」(FTCと司法省で競争政策を担ったビル・ベア元司法次官補)と、カーン氏指名を評価する声は根強い。IT各社は一段と備えを強める必要を迫られている。
新ブランダイス学派の主張はFTCもかねて注目していた考え方とされる。FTCは、市場集中度の高まりが懸念されている分野でのM&A審査のあり方の見直しにすでに動いている。カーン氏のFTC委員就任は、米競争政策が労働者保護や中小企業保護などの「社会政策」に回帰する重要な転換点になるかもしれない。
(ワシントン=鳳山太成、デジタル政策エディター 八十島綾平)