沸騰 半導体株 変わる勝ち組、世界を動かす黒子たち
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGD11BSG0R10C21A3000000/
2021/3/21 2:00 [有料会員限定]
「数年間にわたる急激な成長期に入りつつある」。台湾積体電路製造(TSMC)の魏哲家最高経営責任者(CEO)は1月中旬、決算発表の席上で半導体の需要について強気の見通しを披露した。
TSMCは半導体の受託生産会社(ファウンドリー)で、世界シェアの過半を握る巨人だ。2020年12月期に日本円で2兆円に迫る最高益を稼ぎ出したが、株式市場はさらなる成長を予想する。QUICK・ファクトセットによると23年12月期の純利益は3兆円を超える見通しだ。
半導体業界は空前の活況に沸く。高速通信規格「5G」が実用段階に入ったところに、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大で、物理的な接触を前提とした経済活動の姿が一変、多くのコミュニケーションがオンラインベースに置き換わった。データセンターなどで使う半導体の需要が急増している。
さらに世界的な脱・炭素の動きで、二酸化炭素(CO2)の主要な排出源である自動車の電動化が息の長いテーマとして浮上。あらゆる機器が半導体を必要としており「需要の増加は構造的なもの」(日興アセットマネジメントの小林敏紀シニアファンドマネジャー)という見方が広がっている。
「半導体不足がなければ昨年度を上回る営業利益を報告できた」。2月9日、ホンダの倉石誠司副社長は決算会見で悔しさをにじませた。半導体不足で減産に追い込まれる自動車メーカーが相次いでいる。車や情報機器など完成品メーカーと、黒子の部品メーカーである半導体企業の力関係も逆転しつつある。
「20年超のアナリスト人生の中で、あまり経験がないことが起きている」。JPモルガン証券の森山久史シニアアナリストは強調する。
JPモルガンは1月時点では21年の世界の半導体市場の成長率を8%と予想したが、わずか1カ月後の2月に11%成長に増額修正した。「高速サーバーの需要増で、データの一時保存に使う半導体メモリーのDRAMなどの引き合いが想定を上回る」(森山氏)といい、成長率がさらに上振れする可能性もある。DRAMのスポット価格は年初から6割上がった。
半導体は金属などの導体とゴムなどの絶縁体の中間の性質を持つ。人類は半導体の代表格であるシリコンに微細な電気回路を描き、様々な機器の頭脳として進化させてきた。供給が不足すると価格が上がり、増産投資で供給過剰になると稼働率低下でメーカーが赤字に陥る「シリコンサイクル」も有名だ。
英調査会社のオムディアによると、世界の半導体市場はIT(情報技術)バブル崩壊後の01年に29%のマイナス成長を記録し、リーマン・ショック後の09年も11%縮小した。ただ、市場構造の変化でサイクルが緩やかになるという見方が広まっている。三井住友DSアセットマネジメントの田中弘幸シニアファンドマネージャーは「供給側のプレーヤーの淘汰が進んで価格変動が小さくなり、売上高の持続的な成長を織り込みやすくなった」と指摘する。
米国の主要半導体株で構成するフィラデルフィア半導体株指数(SOX)は20年に5割上昇。長期金利の上昇で足元では調整しながらも、なお19年末を6割上回る。TSMCの時価総額は約60兆円と、トヨタ自動車(7203)の2倍強だ。
オムディアは世界の半導体市場が22年に初めて5000億ドル(約55兆円)を超えると予想する。半導体は過去とは異なる成長フェーズに入るのか、期待先行で終わるのか。市場と主要なプレーヤーの動向を分析する。
半導体大手の存在感の高まりは株価に如実に表れる。台湾積体電路製造(TSMC)の株価は新型コロナウイルスの感染拡大前の2019年末と比べ8割上昇し、米エヌビディアは2.3倍だ。米国企業を中心に半導体関連30社で構成するフィラデルフィア半導体株指数(SOX)も6割高い水準で、主要企業がおしなべて人気化している。
SOX構成銘柄でTSMCやエヌビディア、米インテルに続くのが半導体製造装置で世界首位のオランダASMLホールディングだ。回路の微細化に不可欠なEUV(極端紫外線)露光装置を独占し、時価総額は約25兆円だ。製造装置メーカーでは他に幅広い工程を手掛ける米アプライドマテリアルズや、米ラムリサーチもいる。日本メーカーでは東京エレクトロンが上位に名を連ねる。
半導体産業の裾野は広い。半導体チップもその機能によって回路設計が大きく異なるため、プレーヤーは多く、専門化が進む。インテルや米アドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)はコンピューターの頭脳となる中央演算処理装置(CPU)が主力だ。米ブロードコムや米クアルコムは主に通信向け半導体を設計するファブレスメーカーで、米テキサス・インスツルメンツ(TI)や米アナログ・デバイセズなどはアナログ信号をデジタルに変換するなどの役目を果たす「アナログ半導体」を手掛ける。
韓国サムスン電子はデータを一時保存するDRAMや、大容量データを保存するNAND型フラッシュメモリーなどの半導体メモリー大手で、ファウンドリー事業も手掛ける。
半導体大手の予想PER(株価収益率)は多くが20倍を超えるが、主要銘柄の株価はなお上値を追う余地があるというのが市場のコンセンサスだ。SMBC日興証券の花屋武氏は「成長の確度が以前よりも高まっている」と話す。5Gや自動車の電動化や自動運転技術、あらゆるものがネットにつながるIoTなどを背景に、半導体の需要拡大が持続する可能性が高まっている。以前のように、高成長→設備増強競争→供給過多で値崩れ(調整)、というシリコンサイクルが起きにくくなっているとの見方だ。こうした分野の需要は性能面でも高度化が進む。微細化や省エネ化といった性能の進化に応じて製造装置や検査装置も新たな需要が生まれる。
最先端の半導体の生産がTSMCとサムスン電子の2社にほぼ集約されたことも、関連企業にプラスに働く面がある。ファブレスメーカーが増産をしたくとも、TSMCやサムスンの生産能力がボトルネックになる。業界全体の生産調整が効きやすく、過当競争が生まれにくい構造になっている。
こうした状況から「以前よりも株価への将来利益の織り込みが先に伸びている可能性がある」(アセットマネジメントOneの岩本誠一郎氏)。楽天証券経済研究所の今中能夫氏は東京エレクトロンを例に挙げ、「2年後の予想利益でPERを見れば20倍前後で、すごく割高というわけではない」と指摘する。
シリコンサイクルが小さくなるならば、GAFAなどIT大手のように成長性を見立てることもできる。TSMC1社の時価総額だけで約60兆円と、50兆円規模の半導体市場を上回る評価を得ている。
新たな成長フェーズへの期待から、株式市場での半導体株の存在感が高まっている。米S&P500種株価指数で「半導体および製造装置」の占める比率は3月中旬時点で5%で、「自動車」「自動車部品」合計の2%を大きく上回る。台湾の主要株価指数である加権指数に占めるTSMCの比率は3割強で、サムスンが韓国総合株価指数(KOSPI)に占める割合は24%、メモリー大手のSKハイニックスを加えると3割だ。
ただ、半導体株の上昇は、コロナ禍対策の各国の緩和マネーによる過剰流動性相場による面も大きい。三菱UFJ国際投信の友利啓明氏は「もはや過去と比較して株価の割高・割安を判断できない環境だ」と話す。市況の冷え込みが消えて成長が続く「スーパーサイクル」が本物なのか、各社の業績動向に目をこらす必要がありそうだ。
(佐藤俊簡、龍元秀明、長谷川雄大、三田敬大、生田弦己、広井洋一郎、台北=中村裕、シリコンバレー佐藤浩実)
[日経ヴェリタス2021年3月21日号に全文掲載]