鴻海EV開発、爆速の1000社参画 日本の敵か味方か
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFK1295I0S1A310C2000000/
2021/3/18 2:00 [有料会員限定]

EVプラットフォームを開発すると発表(出所:鴻海精密工業)

米アップルのiPhoneの製造受託を手掛ける台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業が電気自動車(EV)のプラットフォームを開発すると発表して半年足らず。開発組織に加入した企業数が早くも1000を超えたようだ。「爆速」での拡大ぶりに、自動車の製造に水平分業という新風を吹かせる鴻海への注目度の高さがうかがえる。北米での工場建設の方針も明かした。日本の自動車産業にとって、鴻海は敵か味方か。

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27年にEV販売シェア10%目指す

鴻海は2020年10月、EVのプラットフォーム「MIH EV Open Platform」の発表とともに、プラットフォームを開発する組織を立ち上げた。「オープンなアライアンス」をうたい、自動車部品や半導体、クラウド、ソフトウエアなどの企業が集まる。EVの巨大サプライチェーン(供給網)を構築しつつある。

米アマゾン・ウェブ・サービスや英アーム、スウェーデン・オートリブ、中国・寧徳時代新能源科技(CATL)など欧米中の有力企業に加えて、日本からNTTや村田製作所、日本電産、ロームなどが参加する。さらにプラットフォームの中核技術の1つと位置付ける自動運転ソフトを提供するのは、日本の新興企業であるティアフォー(名古屋市)だ。

多くの企業を引き付けるのは、鴻海が掲げる目標が莫大であるからだ。同社の経営トップ、董事長の劉揚偉氏は、27年に世界のEV販売シェアの10%を獲得するとぶち上げた。ティアフォー創業者の加藤真平氏は「大量のEVに自ら手掛ける自動運転システムを広げる好機」と意気込む。

自動車業界で10%のシェアは、トヨタ自動車や独フォルクスワーゲン(VW)と同じ規模を意味する。鴻海自身は自社ブランドのEVを手掛けないだろうが、生産規模でトヨタやVWといった世界トップ級を目指すわけだ。壁は果てしなく高いが、スマートフォンの快進撃を自動車で再現することをもくろむ。

一方でプラットフォームMIHの取り組みは、参加企業にとってEVの部品や制御ソフトをコモディティー(汎用品)化させることで低価格化を推し進める厳しい側面がある。鴻海は「低コスト化により競争力を高めることは、MIHの利点だ」と強調する。コモディティー化するEVに供給する部品や技術の供給でどう利益を得るのか、参加企業は難しいかじ取りを余儀なくされる。

既存の自動車メーカーにとって、MIHの存在は悪夢かもしれない。自動車開発の参入障壁を大きく下げることにつながるからだ。車体の設計や生産をほとんど全て委託できそうで、これまで自動車を開発していなかった新規企業の参入を簡単にする。新しいEVブランドの「増殖装置」といえて、無数の競合企業を生みかねない。

テリー・ゴウ氏の突破力はいかに

ただし自動車産業において、生産は競争力の源泉である。1台1分のペースでミスなく安価に自動車を組み立てる工程は、一朝一夕に実現しない。エンジン車からEVに変わることで多少簡単になるだろうが、それでも新規参入に高い壁が立ちはだかる。鴻海に壁を乗り越える実力があるのか。

鴻海特別顧問で、20年以上にわたり同社と関係があるファインテック(東京・大田)会長の中川威雄氏は「これまで鴻海には自動車に詳しい専門家はいなかったし、それほど力を注いでこなかった」と振り返り、現状の実力には懐疑的だ。一方、1代で鴻海を築き上げた創業者の郭台銘(テリー・ゴウ)氏が「表舞台に久しぶりに登場するきっかけになったEV参入にかける本気度は大きい」ともみており、ゴウ氏の「突破力」でものにする可能性を指摘する。長年ゴウ氏をみてきた中川氏は「(ゴウ氏には)難題を乗り越えると思わせる力がある」と話す。

実力は未知数の鴻海だが、MIHの仕組みで興味深いのが、鴻海から独立した組織にしようとしていることだ。オープンソースの基本ソフト(OS)Linux(リナックス)を管理する「Linux Foundation」のEV版のような存在を志向するようである。

MIHの組織内においては、設立者である鴻海も「他の参加企業と平等な存在」(同社)とし、車両の製造委託先の1つにすぎないと位置付ける。MIHの「鴻海色」を薄めて中立性を高めるほうが、MIHの普及と拡大に有利と考えるのだろう。

とはいえ鴻海は自社を数ある企業のうちの1社と位置付けるが、MIHの仕様に基づいてEVを開発しようと考えた企業は、鴻海に車両の製造を委託するのが自然である。鴻海としてはMIHでEVの汎用品化を加速させ、大量のEVの生産を受託することで、EV時代の勝者たらんとするわけである。

鍵握る中国、22年に分水嶺

中国新興EVメーカーNIOはEVの生産を他社に委託(出所:NIO)

鴻海の野望が実現するか否かは、EVの水平分業化が広がるかどうかにかかる。鍵を握るのが、中国だ。EVの水平分業化がいち早く進む兆しがある。既に上海蔚来汽車(NIO)などの新興EVメーカーが車両生産を他社に委託し、販売を増やしている。今後はさらに加速しそうだ。

中国市場では22年に分水嶺が訪れる可能性がある。外資系メーカーの出資規制が撤廃されるからだ。あまたある実力不足の中国自動車メーカーが外資系メーカーに淘汰されかねず、大再編の号砲とみる向きがある。

大手自動車メーカーによる弱小メーカーの再編劇が主流だろうが、その再編に鴻海が加わる可能性は十分にある。中国市場における自動車生産能力には、かなり余剰感がある。鴻海のようにEVの製造工場をこれから用意したい企業にとって、工場を手にする絶好機になるかもしれない。鴻海の最大の顧客になり得るIT(情報技術)企業と連携することも考えられる。

鴻海は22年に照準を合わせるように、21年第4四半期にMIHを使ったEVを発表すると明らかにした。台湾の自動車メーカーである裕隆汽車(ユーロン・モーター)と組んで開発する。鴻海としても早く懐疑的な見方を払拭し、22年以降の再編劇に備えたいところだろう。

鴻海を敵とするのか味方とするのか。急速に拡大する巨大プラットフォームを前に日本勢は踏み絵を迫られている。

(日経クロステック 清水直茂)

[日経クロステック2021年3月10日付の記事を再構成]