ソフトバンクG 孫氏のAI群戦略、日本が「実験場」
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ2418G0U1A220C2000000/
保存日: 2021/03/18 8:33
2021/3/18 2:00 [有料会員限定]
オンラインで決算発表するソフトバンクグループの孫正義会長兼社長
ソフトバンクグループ(SBG)が傘下の投資ファンド「ビジョン・ファンド」の出資先企業の日本進出を加速させる。出資先が持つ人工知能(AI)のノウハウを通信子会社ソフトバンクなどが日本で試す。ファンドの投資収益の浮沈に隠れ、これまで目立たなかったが、取り組みは孫正義会長兼社長の肝煎りだ。グループ経営の将来を左右する可能性もある。
2月8日、SBGが移転したばかりの新本社ビル(東京・港)で開いた記者会見。孫氏はこう話した。「(ファンドの出資先企業を)続々と日本に上陸させる。20~30社は日本に適したもの(サービス)が必ずある」。10兆円ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)」を中心に傘下のファンドが投資する企業(投資予定含む)は約150社。1~2割が新たに日本に進出する構想だ。
■連結純利益は3兆円超
同日にSBGが公表した2020年4~12月期の連結純利益はファンドの収益を原動力に過去最高の3兆円超となった。折からの株高が運用成績を押し上げたのが背景とはいえ「ファンドの復活」を印象づけた。
「人気がなく資金が集まらないと笑われてきたが、収穫期を迎えた」「毎年10~20社のリズムで『金の卵』である投資先を上場させていきたい」――。孫氏は、1年半前にファンド事業で巨額赤字を出して以来、抑えてきたファンドを巡る強気な見通しを繰り返した。そのなかで「世界中のAIを日本市場で実験する」(SBG幹部)という取り組みにも久々に触れたところに、思いの深さがにじんだ。
実際の取り組みはどのようなものか。ビジョン・ファンドが出資する地図作製サービス大手、米マップボックスとソフトバンクが20年3月に設けた国内合弁「マップボックス・ジャパン」は孫氏の構想に沿って活動している。
■海外展開を視野
「独自のサービスを開発して、海外にも展開したい」。同社の高田徹最高経営責任者(CEO)は目標を語る。念頭に置くのは、マップボックスが持つ地図作製のデジタル技術に、ソフトバンクなどSBGのグループ各社のノウハウを掛け合わせていくこと。高田氏はSBG傘下のヤフー出身だ。ヤフーの投資子会社やソフトバンクの技術投資部門に籍を置きながらマップボックス日本法人のトップを務める。
10年に米国で創業したマップボックスは「米グーグル対抗」で成長してきたといえる。デジタル地図業界は①消費者などに地図を提供する会社②地図の提供会社に様々な地図を作りやすい作製サービスを供給する会社③地図データを集める会社――の3層に分かれる。3つの機能を備え、巨額の投資も実行できる業界の雄がグーグルだ。
マップボックスは②に特化して安価なサービスを開発しグーグル以外の企業とも取引したい顧客に入り込んできた。「フェイスブック」や写真・画像共有アプリ「スナップチャット」など大手SNS(交流サイト)にサービスを提供している。
高田氏の当面の目標はマップボックスの国内事業を収益化すること。ヤフーの地図サービスのほか、スマホ決済「PayPay(ペイペイ)」のアプリなどSBG傘下の有力企業との取引を増やしながら、国内電機、自動車といった大手顧客も増やした。③の地図データ収集ではゼンリンと組む。
その先に見通すのが海外だ。ヤフーなどが培った広告のノウハウを生かし「店舗広告などを上手に取り込んだ新たな地図を開発し、海外展開を目指したい」(高田氏)と話す。
ファンドが出資する欧米やアジアのAIユニコーン(企業価値が10億ドルを超える未公開企業)のノウハウを日本に持ち込み、ソフトバンクや、ヤフーを抱えるZホールディングス(ZHD)のもとで成長させる。その過程で新たなノウハウが得られれば、出資先企業も巻き込んだ海外展開を考える。こうした協業の在り方は、孫氏が描く戦略の理想像だ。
■企業群に相乗効果を期待
孫氏は17年にビジョン・ファンドを立ち上げたが、ファンドは自身が掲げる「AI群戦略」と呼ぶ戦略を実現するための「1つの方法論」(孫氏)と位置づける。
世界中のAI有力企業に筆頭株主として出資して「同志的結合」で結び、情報革命の先頭を走る企業群をつくる。これがAI群戦略だ。「結合」の肝が、「群れ」の中の企業間の「シナジー効果」といえる。そして、シナジー創出の第一歩が日本を「実験場」とする取り組み。孫氏の大戦略を達成するために欠かせない施策といえるのだ。
2月8日の記者会見で孫氏自身も触れたが、「群れ」の相乗効果が国内で生かされた最大の成功事例は今のところ「ペイペイ」だ。スマホ決済の骨格となるアイデアはSBGが出資する中国・アリババ集団のもの。18年10月に日本でサービスを具体化する際に孫氏が頼ったのが、ファンドが出資するインドの決済大手Paytm(ペイティーエム)がすでにインド市場で培っていたデータの高速処理などの技術だった。
■日本展開には苦戦も
ただし、全体でみると、これまでの取り組みは成功したとは言い難い。17年設立のファンド第1号が出資した企業群の日本展開は多くが伸び悩む。
例えば、18年9月に国内で配車アプリサービスを始めた滴滴出行(ディディ)。ソフトバンクとの合弁会社は一時、25都道府県にサービス展開地域を広げたが、いまは14都道府県に縮小している。「『拡大路線』からアプリの収益化を目指した『集中・選択』に移行した」(合弁会社)。20年10月にはわずか3カ月前に打ち出したアプリの有料化施策を廃止するなどサービス展開のブレも目立つ。
ウィーワークは日本で30拠点超を展開する(東京・渋谷のシェアオフィス)
19年秋に米国本社の経営が傾き、ビジョン・ファンド停滞の「震源地」となった米シェアオフィス大手ウィーワーク。同社の日本法人も、当初期待された成長は達成できていない。会員数は21年1月時点で約2万1000人。20年3月(2万2000人超)と比べ減少した。
OYO(オヨ)は日本でホテルと不動産賃貸事業を展開するが苦戦する(東京・渋谷のOYO契約ホテル)
インドの格安ホテル大手、OYO(オヨ)ホテルズアンドホームズの日本事業は、事業リストラを迫られている。主力のホテルチェーンに加え、不動産賃貸を日本で始めたが、賃貸事業から撤退する方針だ。賃貸事業は日本で8000室を管理した時期もあったが、すでに500室以下に縮小したもよう。
これら3社については、日本市場向けにサービスを改良する難しさだけでなく、急速過ぎた拡大戦略にストップをかけ、事業の引き締めにかかった本社の事情も成長のブレーキとなった。
■「国内実験」に総力挙げる
ビジョン・ファンドの業績が急回復する一方、成長戦略の枠組みが固まったソフトバンクやZHDは「国内実験」の取り組みに向け、改めて総力を挙げる構えだ。
ZHDは3月1日、LINEと経営統合した。統合会社を「国産プラットフォーマー」と位置づけ、東南アジアなどへの海外進出を目指すなか、SBGとの連携を強みにあげる。ZHDの川辺健太郎社長は「ビジョン・ファンド投資先の事業展開を手伝う形での海外進出も増やしたい」と話す。
ソフトバンクでは、4月1日に宮川潤一副社長が社長に昇格する。現社長の宮内謙氏は会長に就き、SBG出資先などのノウハウを生かした新規ビジネスの創出に力を注ぐという。
孫氏が「ライフワーク」として取り組むAI群戦略の行方はSBGのグループ経営の今後の在り方も左右する。
20年3月以降、SBGは半導体設計の英アームなど子会社株の売却を相次ぎ決めた。ソフトバンク株も売却し出資比率は約62%から40%まで下がったが「戦略的な重要性は変わらない」として子会社に残した。「重要性」の意味について、あるSBG幹部は「ビジョン・ファンド出資先のノウハウを国内に持ち込む役割を期待している」と解説する。「国内実験」はグローバル投資に走るSBGと、孫氏がこれまで築いてきた国内事業をつなぐ接点ともいえるのだ。
孫氏は「300年続く組織をつくる」という目標も持つ。だが、あるグループ幹部は話す。「孫さんが退任した後のSBGは単なる投資会社となり、ソフトバンクなど国内事業会社から離れていくのではないか」。SBGという投資会社がソフトバンクやZHDなど事業会社も統べる。この構造を維持していくなら、国内実験の取り組みを軌道に乗せる必要があるともいえそうだ。
(企業報道部 堀田隆文)