米銀資本規制の特例終了迫る 撤廃なら金利上昇の懸念(写真=AP)
作成者:
ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN08C9I0Y1A300C2000000/
保存日: 2021/03/16 8:55

2021/3/15 23:00 (2021/3/16 5:16 更新) [有料会員限定]

民主党のウォーレン上院議員は特例廃止を主張=AP

【ニューヨーク=宮本岳則】米大手銀への資本規制緩和が延長されるかどうかに市場の注目が高まっている。新型コロナウイルスへの対応として、米銀が融資や国債の購入をしやすくなる米連邦準備理事会(FRB)の特例は3月末に期限を迎える。延長されなければ国債購入が減り、金利上昇につながる可能性がある。米与党の一部が延長に強く反発しており、当局は難しい判断を迫られる。

米銀は2008年のリーマン危機後に導入された「補完的レバレッジ比率(SLR)」で投融資などリスク資産の計上が制限されている。FRBは新型コロナ下で流動性を確保するため、20年4月に1年間限定の特例でSLR比率を緩和した。

期限が月末に迫るなか市場が身構えるのは、延長されなければ米金利の上昇につながるとみているからだ。

特例によって米銀は融資やリスク資産に資金を向けやすくなっている。企業や家計が手元資金の確保や節約を進めた結果、銀行の預金は急増している。銀行は増えた余資を運用の一環として米国債の購入にも充てている。

特例が打ち切られると、米国債を含めたリスク資産を圧縮するとみられる。特に利回りの低い米国債は削減の対象になりかねず、BMOキャピタル・マーケッツのダン・クリーター氏は2000億ドル(約21兆円)の売り需要が発生すると予想する。

市場は金利上昇に敏感になっている。バイデン米政権は1.9兆ドル規模の経済対策を成立させ、インフレ加速が懸念されている。10年国債利回りは12日、約1年ぶりの水準となる1.62%まで上昇した。

財政出動の財源は国債発行に頼らざるを得ず、買い手と期待されている米銀が、特例廃止によって購入をためらうと、需給悪化と金利上昇圧力につながる可能性がある。米金利の急上昇は3月上旬のように株式市場の不安定化にもつながりかねない。

米大手銀は特例措置の延長をFRBや米議会に働きかけてきた。延長されなければ、投融資が制約され、収益力が落ちかねない。米金融大手JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は1月の決算説明会で、総資産を圧縮するために、預金受け入れを抑制する可能性に言及した。

一方、米与党・民主党からは米銀の収益が回復していることから、延長反対の声があがる。JPモルガンは20年10~12月期の純利益が四半期として過去最高となった。21年も経済対策によって融資先の貸し倒れ懸念が後退すれば、引当金の戻し入れなどによる好業績が期待できる。

反ウォール街の代表格、エリザベス・ウォーレン上院議員とシェロッド・ブラウン上院議員はFRB宛ての書簡で「大手銀による延長要請は、パンデミックを利用してポスト金融危機でもっとも重要な規制改革を後退させる試みだ」と主張した。

FRBは新型コロナで導入していた米銀の自社株買い禁止について20年12月に条件付きで再開を認めた。ウォーレン上院議員らは「もし預金受け入れが難しくなるのであれば、規制監督当局は銀行の株主還元を止めるべきだ」と圧力を強める。

16~17日には米連邦公開市場委員会(FOMC)が開かれる。債券市場の安定か、金融機関の健全性確保か。市場では短期間の延長にとどめ、銀行に準備を促すなど複数の案がささやかれる。米銀の要望通り特例を延長すれば、民主党左派を敵に回すのは確実だ。FRBのパウエル議長は難しい判断を迫られている。

▼補完的レバレッジ比率(SLR) 金融機関の自己資本規制の一つ。分子に中核的自己資本(ティア1)、分母に貸し出しや国債を含む保有有価証券、デリバティブ(金融派生商品)取引など「エクスポージャー額」を置いて計算する。2008年のリーマン危機後の金融規制改革で導入された。大手銀に対し、ショック時でも損失を十分吸収できる資本を積むよう求めている。最低基準は5%に設定された。

FRBは20年4月、SLR規制を1年間の期間限定で緩和した。必要な自己資本を計算する際に、レバレッジ比率の分母から米国債と準備預金を外すことを認めた。きっかけはコロナ禍で発生した米国債の流動性危機だ。規制緩和によって米銀は資本を積まずにバランスシートを拡大できるようになり、注文の仲介機能やマーケットメーカー業務を担いやすくなった。市場の安定に寄与したとの評価が多い。