GAFAが半導体メーカーに 生成AIが生む新市場に商機 – 日本経済新聞
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC222GR0S3A121C2000000/
保存日: 2023/11/27 8:40
入手困難になっているエヌビディアの最先端GPU「H100」。価格高騰の報道も
生成AI(人工知能)の流行による画像処理半導体(GPU)不足が深刻だ。米グーグルなど巨大テック企業群「GAFA」は自社開発チップを投入。GPU一本足からの脱却を急ぐ。AIが生む半導体の成長市場に、日本企業も乗り遅れてはいけない。
「AIに関わる全ての企業がプレッシャーにさらされている」──。
イスラエルのAIスタートアップ、AI21ラボのオリ・ゴシェン最高経営責任者(CEO)は、足元の状況をこう言い表す。同社は高性能な生成AI技術を保有し、ChatGPT(チャットGPT)開発企業、米オープンAIのライバルと目される注目企業。「AIを開発し続けるために、誰もがGPUを必要としている」と逼迫感を口にする。
米国に端を発した空前の生成AIブーム。ChatGPTが世界的に流行し、今年に入って米グーグルなどが矢継ぎ早にAI関連技術を投入し、巻き返しを狙う。シリコンバレーでは「生成AIなしに投資家は動かない」(米ベンチャーキャピタル幹部)と言われるほどテック業界の話題の中心を占める。その生命線が、米エヌビディアが独占的なシェアを握るGPUだ。
なぜGPUが足りないのか。生成AIのコア技術である大規模言語モデル(LLM)は、パラメーター数や学習するデータ量などが増えるほど性能が向上する。各社は優れたAIを開発するためより多くのデータを使った学習にしのぎを削る。
結果、モデルの大きさは指数関数的に拡大。例えばオープンAIが2019年に発表したLLM「GPT-2」のパラメーター数が15億だったのに対し、最新の「GPT-4」は1兆を超えると伝えられている。
機械学習の大量の計算には、並列演算が得意なGPUが向く。生成AIブームで一気に需給バランスが崩れ、23年春ごろからGPUの不足感が顕在化しはじめた。
特に枯渇しているのが、エヌビディアのAIに最適化した高性能GPU「H100」だ。H100のカタログ価格は500万〜600万円程度。一部では1.5倍の価格で取引されているとの情報もある。
AI開発企業や利用企業の多くは、自社でGPUをサーバーに導入するのではなく、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)などのクラウドサービスを経由して、オンデマンドでGPUサーバーを利用する。
大手クラウドサービスを使ってH100を利用する米IT(情報技術)大手のエンジニアは諦め顔。「ひどい時は必要なサーバーの10分の1程度しか利用できない状態だ」と語る。
AI向け市場規模8倍に
独調査会社スタティスタは、AI向け半導体の市場規模が30年に22年比で8倍の1650億ドル(約24兆7500億円)に急拡大すると予測。主要半導体メーカーでつくる世界半導体市場統計(WSTS)による24年の半導体全体の市場見通しが約5759億ドルであることを考えると、AI向けの存在感が急激に増すことが分かる。生成AIによって需要は急変している。
エヌビディアは目下、快進撃を続ける。5〜7月期決算は、AI向け半導体特需に支えられて純利益が前年同期比で9倍に急増。8〜10月期の売上高は同3倍を見込む。同社はGPUの受注量を開示していないが、AI向け半導体などを担当するデイヴ・サルヴァトール・ディレクターは「前例のないレベルの需要だ」と言い表す。
エヌビディアはファブレス企業で、自社設計した半導体の製造を台湾積体電路製造(TSMC)などに委託する。「需要が大幅に上回っている製品の生産拡大に懸命に取り組んでいる」(サルヴァトール氏)が、供給は追いついていない。
ボトルネックになっているのは、損傷や腐食を防ぐために半導体チップを専用ケースに封入する「パッケージング工程」だ。半導体製造における最終工程となる。
H100などの高性能GPUには、TSMCの「CoWoS」と呼ばれる高度で複雑なパッケージング技術が必要になる。サルヴァトール氏はこの工程に「課題があるのは事実だ」と認めた上で「TSMCにとってさらなる技術革新が求められている分野だろう」と述べた。
こうした状況に、クラウド大手は手をこまねいてきたわけではない。10年台から「AIファースト」に舵(かじ)を切った各社は、AI向け半導体が競争力の源泉になると踏んで自社開発に着手してきた。
15年、IT大手ではいち早く独自半導体「TPU」の運用を始めたグーグル。生成AI需要に合わせ、今年8月には第5世代の「TPU v5e」を発表した。LLMの推論において前世代比でコスト当たり2.5倍の性能を発揮するという。
「旧来のインフラ提供方法では、新たな需要に応えることができない。AIへの最適化が必要だ」。グーグルのクラウド部門で機械学習インフラなどを統括するマーク・ローマイヤ・バイスプレジデントはこう説明する。
アマゾンも着々と準備
クラウド最大手のAWSも着々と準備を進めてきた。親会社の米アマゾン・ドット・コムは15年にイスラエルの半導体開発企業、アンナプルナ・ラボを買収。
AWSで長年、機械学習向けハードウエアなどに関わるチェイタン・カポール・ディレクターは「開発時は大きな賭けだったが、(AIによる)市場の指数関数的な成長のシグナルを受け取っていた」と振り返る。アンナプルナ・ラボの技術を活用し、19年にはAIの推論に特化したチップを、22年には学習用のチップを発表している。
23年9月に発表した米AI開発スタートアップ、アンソロピックへの最大40億ドル(約6000億円)の巨額出資も、チップ開発の将来を見据えたものだ。アンソロピックがAWSの独自チップを使用してAIモデルを開発するほか、次世代チップの開発でも協業する。AIスタートアップの声を聞きながら専用チップを設計するわけだ。
AI開発で最先端を走る米メタも5月にAI用独自チップを発表。米メディアはマイクロソフトも同様のチップを開発中と報じている。米巨大テック企業はもはや半導体メーカーとしての顔も備えるようになってきているわけだ。
生成AIの特需に沸くGPUと、脱GPUに向け準備を進めてきた米テック大手。とはいえ独走するエヌビディアも、追いかけるグーグルやAWSも、TSMCなどに製造を委託するファブレス企業だ。
米政府は、国内の半導体生産・研究開発を支援する「CHIPS・科学法」を22年に成立させ、国内生産に500億ドル(約7兆5000億円)を投じる。政府は民間企業に5000億ドルの追加投資を要請している。半導体製造の海外依存をリスクとし、国内回帰の旗を振る。
GPUの逼迫や需要の底堅さを考えると、生成AIブームによるサプライチェーン変革の可能性は低くない。米国内による生産だけでなく、経済安全保障の観点からも日本を含めた同盟国との関係が重視されることになるだろう。
日本企業との協業はイエス
ニーズはある。米巨大IT各社も日本の半導体関連企業との協業に前向きだ。
「もし日本の半導体メーカーが、現在のTSMCのようなノード(半導体プロセスの世代を表す指標)を提供するなら、ぜひ話をしたい」
エヌビディアのサルヴァトール氏は「具体的な計画や意図があるわけではない」とした上で、日本の半導体メーカーを歓迎する考えを示す。具体的な条件として、回路線幅3ナノ5ナノ(ナノは10億分の1)メートルを挙げた。
AWSも「2ナノ3ナノメートルの最先端プロセスを持つならば協業にはオープンだ。需要に応えるため様々な地域に他のサプライヤーを持つことを望んでいる」(AWSのカポール氏)と秋波を送る。さらにカポール氏は最先端プロセス以外の半導体について、「我々はAI以外にも広くシリコンを必要としている。日本企業との協業の可能性は『イエス』だ」と話した。
GPU不足が顕在化し、AI開発企業は半導体サプライチェーンの見直しを迫られている。生成AIブームは日本の半導体関連企業にとってチャンスであり、この波に乗り遅れたら巨大な商機を逸することになる。
(日経BPシリコンバレー支局 島津翔)
[日経ビジネス電子版 2023年10月20日の記事を再構成]
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