30年に向け「共創」するリーダー育成 マツダ人事本部長
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC103HU0Q3A210C2000000/
保存日: 2023/02/14 8:11

日本経済の成長力回復に向けて「人的資本経営」の重要性が叫ばれている。人材を資本の一つとみなす考え方だ。では企業は実際にどのような取り組みを進めているのか。マツダ人事本部の竹内都美子本部長に話を聞いた。電動化をはじめとした大きな変革の波にさらされる自動車業界では、求められる人材像も変わりつつある。
◇    ◇    ◇
――自動車産業は「100年に一度の大変革期」にあるともいわれます。これを乗り切るために必要とされている人材について教えてください。
「特に重要視しているのは現場を率いる中堅層です。これまでは部下をグイグイと引っ張っていけるリーダーが求められていました。『どういう車を造るのか』というポリシーははっきりしており、上意下達でものづくりが、あるいはビジネスが動いていたとも言えます」
「ですが足元の状況は大きく変わりました。『車とはそもそも何なのか』という根本が問われるような時代が訪れ、リーダーも明快な答えや指示を出すのが難しくなっています」

(写真:森本勝義)

竹内都美子(たけうち・とみこ)氏
1997年、マツダに入社。電子技術開発部を経て評価ドライバーを約10年にわたり務める。2011年に車両開発本部、15年に商品本部へ異動。マツダ初の女性主査として、同社初の量産EV(電気自動車)「MX-30」の開発を指揮した。21年4月より現職
「『答えのない時代』を乗り越えていくには若手から中堅、ベテランまで、社員一人ひとりが持つ能力を伸ばし、その総力を結集していかなければなりません。つまり上意下達ではなく、『共に創る』、いわゆる『共創』のスタイルが求められているのです」
「リーダーとして現場を率いる中堅層はとても苦しんでいると思います。メンバーの力を伸ばし、彼らのアイデアを引き出していくスタイルにお手本はまだありません。これまで接したことのないリーダーシップを自分たちで模索していかなければならない。すごく難しい課題に直面しています」
――竹内さんは長年、評価ドライバーとして活躍され、2015年には主査としてEV(電気自動車)、MX-30の開発を指揮。そして21年4月、人事本部長に就任されました。いずれもマツダとしては女性初と聞きます。
「人事本部長をやれと言われた際は正直驚きましたが、MX-30の開発で得た経験が、人事という経営の根幹に当たるレベルでも求められているのだと理解しています」

部下の能力やアイデアを引き出せるリーダーを育成

「MX-30はマツダ初の量産EVです。エンジン車では当たり前のことが通じない。何もかも初めて尽くしの開発となりました。国籍も性別も、専門領域もバラバラな1000人以上のメンバーを束ねて全く新しい車造りに挑まなければならなかったのです。先ほどお話した、『答えが出せない』課題に直面したとも言えますね」
「メンバーを束ね、その力を最大限に発揮してもらうためにはどうすればよいのか。私は3つの姿勢を保つことを重視しました。相手を『尊重』し、その仕事に『感謝』を示し、意見やアイデアを引き出すため聞き役に徹する、つまり『傾聴』することです」
「例えば会議中はメンバーの気が済むまで思いや意見を吐き出してもらいます。私はほとんどしゃべりません。『何を言ってもいい』とか『言えば感謝される』という雰囲気がチームに伝われば、メンバーからは素晴らしいアイデアが次々と出てきて、最終的に課題の克服につながっていくのです」
「いわゆる『心理的安全性』を担保しなければ、何を求めても受け入れてはくれませんし、アイデアや工夫も湧いてはきません。コップの水と同じです。満杯の状態では何を注ごうとあふれてしまいますよね。だからまずは吐き出してもらう。コップの水を減らし、その上で新たに注いでいくわけです」
「こうしたマネジメントのスタイルがあったからこそ、新型コロナウイルス禍も乗り切ることができたのだと思います」
「MX-30がいよいよ量産にこぎ着けるというタイミングで新型コロナウイルス禍が起きました。メンバーは会社にすら行けず、部品も届かない。このままでは延期になる、そんな危機的な状況をメンバーは打開してくれました。『自分が空港まで部品を取りに行きます』というふうに、自発的に動いてくれたおかげで1日も遅らせることなく量産を開始することができたのです」
「上意下達でなく、メンバーの能力やアイデアを引き出す環境を整えられるリーダーを会社単位で育成すること、それが私の重要なミッションだと思います」

(写真:森本勝義)

――新しいリーダーを育成するため、具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。
「部下を抱える幹部社員を対象に、22年末から新しい研修を始めました。多様な価値を認め合うDEI(多様性、公平、包含)という考え方について、なぜこうした考え方が必要なのか、何の意味があるのかということをまず理解してもらい、さらに相手の考えや意見を引き出していくための対話力を養ってもらう研修です」
「この研修のプログラムについては、22年6月に人事本部で立ち上がった女性活躍推進タスクチームが担当しています。会社において『女性』は『最もメジャーなマイノリティー』としての側面があります。つまり女性が活躍できる土台をつくることができれば、多様なライフスタイルに対応した環境が実現するはずです」

意欲あるシニアが現場を支える

――中堅層だけでなくシニアや若手層でも求められる人材像は変化しているのでしょうか。電動化や自動化への対応では、シニア層の経験やノウハウが通用しない場面も増えそうです。
「いわゆるシニア層の方々の仕事に対する意欲について、私自身が最近大きな気づきを得ました。シニアの方々は仕事のペースをスローダウンしたいという思いが強いのかと思っていました。ですが話を聞くと『もっと活躍したい』とか『もっと勉強して会社に貢献したい』という声がものすごくあった」
「現場、特に開発の現場でもベテランの力を借りたいという声が少なからずあります。電動化が進むとはいえ、エンジン車がなくなるわけでもありません。シニア層にはエンジン車をきっちり支えてほしいという思いがあります。職場によっては現役のメンバーと一緒になって活躍する場面もあるでしょうし、強い意欲のある方にはリスキリング(学び直し)をしていただき、電動化という課題にも貢献してもらいたいと思っています」
「重要なのは、職場の課題とシニアの方々の意欲とをいかにマッチングさせるかだと思います。そこで足元では職場の上長とシニアの方々との対話を進めてもらっています」
――若手人材についてはどう見ていますか。最近では自動車業界も人材の確保が容易ではなく、優秀な人材は奪い合いになっているとも聞きます。
「確かに人材の獲得は新卒にしても、キャリアの方にしても決してラクではないですね。特に当社は本社が広島にあり都心部からは距離があります。場所を理由に入社をお断りされることもありました」
「そこでキャリア採用についてはフルリモートで働くことができる制度を21年から試験的に導入しました。業務内容にもよりますが特にIT系では東京、大阪、名古屋など様々な場所で働いている方がいます。リモートワークについては、社員を対象に海外に住みながら仕事ができる『越境フルリモートワーク』という制度を今年からトライアルで導入しています」
「働く場所に垣根がなくなっているのと同様に、若手人材については『部門の垣根』もすごく低くなってきていると思います。マーケティングや財務を勉強してきたから事務系で働くというのではなく、畑違いの技術部門で力を発揮する例も結構あるのです。逆もしかりで理系の人材が事務系で活躍することも珍しくありません」

事務系と技術系、低くなる垣根

――理系ではない人材が技術系の職場で能力を発揮できるのでしょうか。
「普通に考えれば、一刻も早く事務系に戻りたいと思うでしょう。それが違うのです。(元の職場に)戻りたくないと話す社員すらいます」
「核となる専門性を持って入社する方に対しては、その力をいかんなく発揮してもらうため、配属先をある程度確定した採用をやっていこうとしています。ただ一方で、色々なことにチャレンジしてみたいという人も私たちは歓迎しています。もともと当社には『骨太研修』という、3年ごとに様々な職場を経験してもらう仕組みがあります。この期間を2年ほどにして、より多くの職場を見てもらう道も用意したいと考えています」
「事務系とか技術系といった部門の垣根は今後さらに低くなっていくでしょう。そう実感させる場面も目の当たりにしています。当社は全社的にデジタル化を進めており、全社員を対象としたデジタル教育を進めています。人事本部のある若手社員は教育プログラムを修了した後に、自ら研さんを積んで人事向けアプリケーションを開発しました。指示したわけではありません。自発的な取り組みです。人事はこのアプリを活用することで、特定の業務に要する時間を大幅に短縮できました。浮いた時間は社員との対話に充てられます。この若手社員は人事が提供すべき価値の向上に貢献してくれたのです。環境さえ整えれば、こうした驚くような成果が出てくるのです」
「一人の社員に任せる業務の範囲が広いことは、当社がもともと持つ強みでもあります。自動車メーカーとして当社の規模は大きいとは言えません。それでも成長を続けてこられた背景に『やりたいと思えば何でもやれる』という組織風土があります。社員一人ひとりが活躍できる環境をさらに充実させ、変革の時代を乗り切っていきたいと思います」

(写真:森本勝義)

【マツダが求める人材、2030年をつくる人材】

若手:理系、文系という枠にとらわれずに挑戦できる人材。専門性を高めたいと考える人材に対しては配属先を限定した採用も実施。
中堅:上意下達ではなく、部下が持つ能力を伸ばし、アイデアを引き出すことができる人材。多様な価値を認め対話力を高める研修を実施。
シニア:変革の最中にある職場を支える人材。リスキリングにも挑戦してほしい。職場が抱える課題とシニア人材の意欲とをすり合わせる対話を実施。
(日経ビジネス 飯山辰之介)
[日経ビジネス電子版 2023年2月8日の記事を再構成]

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