Web3に戸惑う大手企業 取引慣行や常識、通用せず
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0544B0V01C22A2000000/
保存日: 2022/12/07 18:17
Web3に法制度が追いついていない。そのためブロックチェーン(分散型台帳)、DAO(分散型自律組織)、NFT(非代替性トークン)の活用に当たって戸惑う企業が少なくない。暗号資産(仮想通貨)やデジタル証券などWeb3(ウェブスリー)関連の業界動向や規制当局の考え方に詳しいアンダーソン・毛利・友常法律事務所の長瀬威志弁護士に話を聞いた。
――長瀬弁護士は金融庁や証券会社への出向経験があり、暗号資産やNFT、DAOに関する動向を業界側、規制する側の視点も踏まえてよくご存じです。足元ではどういった相談が多いですか。
「Web3関連では大企業やスタートアップからの依頼、省庁とのブレストや調査の下請けのような形で色々調べています。NFTの価格下落が懸念されていますが、バブルがはじけたから撤退するというより、デジタルデータを取引できるインフラとして既に定着しているので、今のうちに準備を進めるという企業が多い印象です」
長瀬威志(ながせ・たけし) 2005年東京大学法学部卒。09年最高裁判所司法研修所修了、アンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所。21年に同事務所パートナーに就任。金融庁と証券会社への出向経験を生かし、規制当局の考え方を踏まえ、金融実務に即した助言をする。暗号資産やNFT、ブロックチェーン技術などの業界動向、金融規制に詳しい=加藤康撮影
「『株式会社の未来形のような組織形態としてDAOが必須ではないか』との考え方が浸透して、DAOについて議論する機会が増えています。そもそも日本の法律に照らすと、株式会社や合同会社、組合、社団法人など色々な組織形態の、どれに当てはまるのか。逆に当てはまらないのであれば、DAOはどうすればつくれるのか、といった相談を受けています」
――Web3は定義や解釈がバラバラです。どう説明されていますか。
「企業や省庁でも言葉が決まっていないのは確かです。ですが、ブロックチェーン技術を用いたトークン(電子証票)の重要性については非常に理解が深まっています。インターネット上で匿名でも取引できるのがトークンの特徴で、投票権が付いたガバナンストークンは従来の株式のように扱われます。Web3とはガバナンストークンを軸にして分散的に意思決定するコミュニティーの形成の仕方と言えます」
「実際、インターネットビジネスや仮想空間の運営などがどんどん分散型を目指し、ユーザーが単なる消費者にとどまらず、かといって情報発信者の役割だけでもなく、全員が株主のように意思決定に関わるコミュニティーが出てきています。表現手段としてメタバース(仮想空間)があり、構成要素の1つとして資産を表すNFTがある、そのように理解すると分かりやすいでしょう」
取引慣行の常識が通用せず、困惑する大手企業
――企業がトークンやDAOを事業に絡ませようとする場合、どういった法的な課題にぶつかるのでしょうか。
「スタートアップ側で私たちはDAOですという方々は、正直DAOの法的地位が明確でなくてもいいと思っている場合が多いです。拠点が国内でも海外でも関係なく、資金調達手段としてトークンを発行する際に、法規制がかからない、税率が安い、という場所ならどこでもいいというスタンスです。日本はトークンを発行した際の売却益に対する税率が高いという認識が広がってしまっています。トークンを発行して保有しているだけで含み益が出ているとそこに課税されるので、それなら日本の法人で持つ意味がないと考えられています。さらに極端な話ですと、仮想通貨をやり取りできればいいので、別に法定通貨向けの銀行口座がなくても構わない、という方もいらっしゃいます」
「ただ、大手企業や金融機関は困ってしまいます。取引相手がDAOとなった場合、契約書の交わし方をどうすればいいのかという相談を受けることがあります。法律より取引慣行の問題です。大企業側は契約の相手方がよく分からない個人名だと困るし、個人名義の銀行口座に億円単位の金額を送るのは難しい。マネーロンダリング(資金洗浄)の可能性が払拭できないという懸念がありますから。こうしたケースだと、DAO組織側が折れて日本に子会社をつくることがあります。そういった意味ではまだWeb2.5に近いステージだな、と思いますね」
「トークンしか発行していない事業者も増えている」と変化を指摘する長瀬氏=加藤康撮影
「信用力のある株式会社などを法人として持っておかないと、既存の法定通貨でやり取りしている世界とは結びつけにくい。これがやはりあります。では海外ではどうか。法定通貨の世界も割り切っていて、『出資自体を法定通貨に連動するステーブルコインにして、指定するこのアドレスに送ってくれればいい』となります。法定通貨での取引は後回しにして、事業を進めることを優先しています」
――なるほど。DAOとの協業は社内承認が下りない、と企業から聞くことがあります。
「日本でも海外の事情をよく知るベンチャーキャピタルなどは、海外のDAOの作法について分かってきています。出資する際に払い込みはステーブルコインを選択する、など変わってきています。『銀行口座が開けないから取引中止』ということをしていると、Web3が盛り上がっていく中で日本企業の進出が大きく出遅れてしまいます」
「これまではトークンの発行体である法人の株を買う、取締役を派遣するなど、そうした投資契約にしておけばノウハウが手に入りました。トークンビジネスがうまくいけば、株式の価値も上がるのでどちらにしてもリターンを見込むことができました。ただ、DAOがトークンしか発行していない場合、そもそも法人形態ではないので株式に投資することができない。将来的に、トークンだったら投資ができるというケースが増えるでしょう。企業側が暗号資産をツールとして備えておかないと、そもそも投資のチャンスすらないということになりかねません」
DAOは法律上、民法上の組合、権利能力なき社団に近い
――DAOの法整備について国も検討しています。NPOと株式会社の中間的な存在ともいわれますが、どう認識されていますか。
「完全に分散化してビットコインのように誰も関与していないといわれるのがDAOの最終的な仕上がりのイメージです。一方、スタートアップが私たちはDAOです、と自己紹介するような場合、実際は中央集権的な少人数メンバーが集まったDAO準備組織にすぎない場合があります。このDAO準備組織は法律に照らすと、どんな組織形態なのか、そこが分かりにくいポイントです」
「日本法だと、法人などの種類は法律で決めたものしか認めない、となっています。その中でDAO準備組織は、ほとんど登記もしていないので株式会社や合同会社ではありません。民法上の組合ですね。当事者同士で組合契約をして出資をして非常につながりが深い人だけでやっている組織形態、もしくは法律的には何の根拠もなく判例で認められているだけの『権利能力なき社団』という組織形態、この2つのどちらかに当てはまることが一番多いパターンです。ただ、権利能力なき社団については、組織としての実態、多数決の原則、規約がありメンバーが替わってもこの集団は存続する、など認められるには多くの要件があります」
「今後、デジタル庁や経済産業省がDAOをどう扱っていくかは大きな関心事です。1つのモデルケースが米国ワイオミング州の法整備です。DAOをLLCの特則という形で、扱っています。完全に新しい法律ではなくて、DAOに関する章立てがポンと入ったものなので、あくまで位置づけとしては有限責任会社というものになっています」
責任の追及が難しい
――例えばDAOの計画が失敗した場合、責任主体はどこになるのでしょうか。
「トラブルが起きた際、組織としての扱いが明確でないと問題は大きくなります。例えばバブルの絶頂期にコミュニティー形成を始めて、ガバナンストークンが目標の100分の1以下に暴落してしまった場合などです。構想したプロジェクトも進捗できなくなり、ではやめましょうとなっても、何の規約もなく法律的な扱いが不明確なので、損をしたメンバーは責任の追及がしようがないはずです」
「トラブルを防ぐために法律を作っても、集団のリーダー的な存在の責任を追及して執行までいけるのか。リーダーが匿名で、SNS(交流サイト)のアカウントのアイコンにNFTを使い、顔も明かしていないとなると、訴訟を提起しようとしても、相手の住所、氏名が分からないことがあります。特定できても被告が海外のどこにいるか分からない、財産もどこにあるのか、さらに資産がすべて暗号資産ならどうやって差し押さえるのか、となる」
「法律で枠組みを決めたからと言って、トラブル事例を防ぐのはなかなか難しいでしょう。法律でリーダーやガバナンストークンを10%以上など大量に持つ人を公表します、といったルールを設けることが考えられます。しかし、匿名性を大事にするはずのDAOを組織形態としてあえて選ぶ必要がないという流れにもなりかねません」
「情報開示の仕組みを整える、DAOのガバナンストークンの基礎になっているブロックチェーンの動作を管理するコードである『プロトコル』について安全性を監査する、といった法規制の理念は立派ですし、ある程度はあった方がいいでしょう。ただそれだけで税制が他国より不利なままだと、動き出しているWeb3の勢いを大きくそいでしまいます。規制については他国に比べて合理的なものにして、かつ税制を他国より安くする、そうした仕組みを整える国が世界中のWeb3マネーや事業者から選ばれていくのではないでしょうか」
(日経ビジネス 岡田達也)
[日経ビジネス電子版 2022年12月2日の記事を再構成]
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