イーロン・マスク氏の人材魅了術、元テスラ電池調達担当が語る
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC2547Q0V20C22A8000000/
保存日: 2022/08/29 8:07
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米テスラで2006年から約11年間、電池セルの活用戦略の立案と導入、日本などアジアのサプライヤーとの調達交渉を担当したキーパーソンがいる。米電池素材開発ベンチャー、シラ バイスプレジデントのカート・ケルティー氏だ。間近で「イーロン・マスク流」を見続けてきた同氏がインタビューに応じた。
米テスラで2006年3月から17年8月までの約11年間、ジェービー(・ストローベル氏)と共に電池セルの活用戦略の立案と導入、日本などアジアのサプライヤーとの調達交渉を担当した。携わった車種はロードスター、モデルS、モデルXとモデル3の初期出荷まで。その間、たくさんの優秀な同僚がイーロンに解雇を言い渡されたりイーロンと口論になって辞職したりした。
「会社を去るべきではない」と感じる人材もいた。例えば、16年7月まで製造・調達・自動化担当バイスプレジデントだったグレッグ・レイチョウもその一人だ。グレッグがイーロンにモデルSの生産ラインの状況説明をしていたときのこと。当時、車両の窓の動作に不具合があり出荷が滞っていたため、工程の前でああでもないこうでもないと議論していると、近くにいた現場のスタッフが「こうすればいい」と直してみせた。

イーロンは「なぜ直る方法があるのにすぐに採用しなかったのか。(責任者である)あなたに報告する義務があったのは誰か」と問い詰め、その人物をその場で解雇した。グレッグは「彼は必要な人材だ。彼を辞めさせるなら自分も辞める」と反論したが、イーロンは譲らなかった。結局、グレッグも退職した。
それでもテスラには、入社を希望する優秀な人材が後を絶たなかった。地球の環境を壊さず持続可能な世の中を創るには、電気自動車(EV)の普及が欠かせない。そのためには何としてもテスラの製品を世に送り出さなければならない──。イーロンが掲げるビジョンに皆、魅了された。
彼が人を解雇するのはビジョンを達成するためだと誰の目にも明らかだった。手段に疑問を持つ人はいても理由に疑問を持つ人はいなかった。
イーロンは類いまれな「ビジョンセッター(ビジョンを描く人)」だ。しかも、そのビジョンに到達するために必要な日々の目標を、誰も思いつかないほど高く設定する天才でもあった。それはもはや予言のよう。「これを実現するにはA地点からB地点までいつまでに行けばいい」と見通すことに非常にたけていた。
ただその目標は、聞いたらのけ反るほど高く、「理不尽」とも言えるレベルだった。私がいた電池チームにも電池の能力とコストの目標が提示されたが、「クレージーなのか?」と思わざるを得ないほど高かった。でもそれを掲げられると、いや応なしに「どうしたら達成できるか」を考える。我々だけ遅れればクルマは完成しないし、他のチームにも恐ろしく優秀な「スーパー・ハイパフォーマンス・エンジニア」がそろっていたので競うように頭をひねった。そうしているうちに、気付いたら目標を達成しているのだ。
イーロンは昼夜を問わず働いたが、ジェービーや私も同じで、社員全員が死に物狂いで働いていた。イーロンはなぜか、自分と同じように時間を問わず働く人材を引き付けた。
これもビジョンを共有していたからこそ。私が現在、バイスプレジデントを務める電池素材開発ベンチャーのシラは、テスラの7番目の社員としてロードスターの電池を開発したジーン・ベルディチェフスキーが11年に立ち上げた。
ビジョンは優秀な人材を引き付ける。テスラもシラも、同じ思いを共有する仲間たちにこれからも支えられていくのだと思う。(談)
(日経BPニューヨーク支局長 池松由香)
[日経ビジネス電子版 2022年8月24日の記事を再構成]

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