進退窮まる日本の金融緩和政策(澤上篤人)
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB1015W0Q2A710C2000000/
保存日: 2022/07/17 8:40
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世界的なインフレ圧力に対抗すべく、米連邦準備理事会(FRB)は、今年3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)から連続して政策金利を引き上げている。また、7月からは金融の量的な引き締めにも入るとのこと。欧州中央銀行(ECB)も、いよいよ7月から政策金利の引き上げに踏み切ると報道されている。イタリアなど南欧諸国の反対を押し切っての利上げだ。
高まるインフレの脅威
そうした中、日銀だけは金融緩和政策の継続に固執している。いわく、「辛抱強く金融緩和を続けて、景気回復の腰を折らないようにしたい」とか、「金利を引き上げると、中小企業や住宅ローンを抱えている人々が苦しむから」とか。日本政府も、日銀の金融緩和姿勢を支持している。何しろ、金利が1%上昇すれば国の利払い費は約3.7兆円も増加するのだ。2%の上昇なら約7.5兆円の負担増。どう考えても重い。
まあ日銀や日本政府がどれだけ金融緩和政策の堅持に固執しようと、米欧との金利差拡大は厳然たる事実。それが、円・ドルのキャリートレードなどで、円売りを促進させている。その結果として、円安そして輸入インフレの拡大を招いているわけだ。
さてさて日銀や日本政府は、どこまで人為でもってインフレを抑え込みつつ、金融緩和政策を維持できると考えているのだろうか。大河の流れに逆らっているようなもので、いつかは押し流されるのではなかろうか。
なぜなら、現在進行中の世界的なインフレ圧力は供給制約によるコストプッシュ型で、案外と根が深い。その上、エネルギー・資源・食料などの価格高騰が、世界各国で賃金上昇圧力となって伝播してきているのだ。となると、エネルギーや資源、そして食料などの輸入依存度が高い日本にとっては重い負担となる。そこへ円安とくれば、輸入価格は跳ね上がる。企業物価の高騰が消費者物価へ転嫁するのも、今や時間の問題である。
当然のことながら、国民の生活は大きく圧迫されよう。金融緩和政策の固執による円安は、国民の生計費増大に輪をかけるわけだ。いまだデフレマインドが抜け切れない日本だ。インフレの波が押し寄せてきたら相当に混乱しよう。
米欧を中心とした利上げは、これまでバブル高を演じてきた株式市場を足元から脅かしている。米国をはじめとして株価の急落が頻発するようになってきているのが、その表れである。一方、ここまでのところ、債券市場はまだ安泰の様相を示している。しかし、金利の上昇はまだまだ続く。どこかで債券市場も大きく崩れる局面に入っていく可能性は高い。
金融マーケットが大揺れしても、米欧の政策担当者は金利の引き上げを続けざるを得ない。インフレによる生計の圧迫は選挙で票を失うことに直結するからだ。政治家たちにとっては、株安よりも議席を失う方がよほど怖い。
金利を上げられない事情
翻って日本では、簡単に利上げに踏み切れない事情がある。まず日銀だが、利上げは国債価格の下落を招く。既に526兆円もの国債を保有している日銀にとっては、国債価格の下落は巨額の評価損を抱え込むことを意味する。もっとも、大量購入している国債は満期償還まで保有するから、投資損失は発生しない。従って、簿価表示で構わないとも言い張れよう。
では、37兆円も買い込んでいる株式ETF(上場投資信託)はどうなるか。こちらは株式市場に上場しているから、常に時価表示される。米欧の利上げによる株価全般の下落圧力は、日本株市場にも襲ってくる。となると、日銀の巨額の評価損は表面化しよう。
一方、日本政府はどうか。先述のように、金利が上昇した分だけ巨額の利払い負担がのしかかってくる。それだけではない。毎年の予算編成で、常に支出の40%前後を赤字国債の発行で賄ってきた。そして、その半分強は日銀に購入させる事実上の財政ファイナンスに頼ってきた。この図式が崩れだすのである。
ひとたび日本で金利が上昇し始めると、国もおいそれとは赤字国債の発行に走れない。毎年の金利負担は著増するし、絶対的な買い手だった日銀が財務悪化で身動き取れなくなっていくのだから。さあ、来年からの予算編成はどうするのだろうか?
実は、世界的なインフレ圧力だけではないのだ。このまま金利上昇が続くと、どこかで世界の債券市場が大崩れする。それが長期金利の急上昇を招く。この辺りも警戒を怠れない。
澤上篤人(さわかみ・あつと)
1973年ジュネーブ大学付属国際問題研究所国際経済学修士課程履修。ピクテ・ジャパン代表取締役を務めた後、96年にあえてサラリーマン世帯を顧客対象とする、さわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立。
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