半導体「ムーアの法則」の先へ カギ握る製造装置
作成者: 江口 良輔,福島 悠太,榎本 敦,清水 明,安田 翔平,渡辺 健太郎
ソース: https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/semiconductor-equipment/
保存日: 2022/06/02 8:19
「半導体の性能は約2年で2倍になる」。インテル創業者、ゴードン・ムーアの見いだした法則通りのペースで、半導体の性能は上がってきた。半世紀続いた進化が壁にぶつかりつつあるなか、技術開発のキープレーヤーとなる半導体製造装置メーカーについてビジュアルに解説する。
STORY 1
先進技術担う装置 日米欧が寡占
半導体の肝は製造装置にあり
半導体工場のクリーンルームに並ぶ製造装置
写真提供 米インテル
1つの半導体をつくるには長い時間がかかる。基板となるシリコンウエハーに回路を描くところから、樹脂でパッケージをしてスマートフォンなどに搭載する黒い部品になるまで半年近く。そのあらゆる工程を多様なメーカーの装置が支えている。半導体の進化とともに、より精密で高度な製造装置が投入されてきた。
チップと製造装置、勢力図は一変
半導体工場は中国や台湾、韓国など東アジアへの集中が進んできた。中でも先端分野の多くは台湾や韓国の受託製造会社(ファウンドリー)頼みだ。2021年の半導体製造装置の販売額をみると、中国と韓国と台湾だけで世界の8割近くを占めている。
半導体製造装置のシェアを出荷先と製造元でみる
%
出所:出荷先別はSEMI、2021年。本社所在地別は Center for Security and Emerging Technology「The Semiconductor Supply Chain: Assessing National Competitiveness」
しかし、中韓台で使われる半導体製造装置をつくっているのは、日本やアメリカ、ヨーロッパの企業だ。世界シェアを半導体製造装置をつくる企業の本社所在地ベースでみると、日米欧合計の世界シェアは9割を超える。半導体を製造してきた歴史が長い国・地域が、製造装置では競争力をなお保っている。
進む寡占、ガリバー企業が多数
1位企業が高いシェアを占めている
%
出所:グローバルネット、2021年。エッチングのシェアは絶縁膜用、メタル用など各種エッチングを合算した全体で算出。
半導体の製造工程は数百~1000に及ぶ。各工程で高い精度や生産性を実現するための装置が必要となる。各装置の市場シェアを見ると1位企業が5割超を押さえるケースも多い。寡占が進み多くのガリバー企業が生まれている。
寡占の極み
1社が世界独占の装置も
EUV露光装置は巨大で複雑な構造だ
写真提供 ASML
光は装置内部で何度も反射した末、ウエハーに回路を焼き付ける
画像提供 ASML
世界で1社しか供給できない装置もある。ウエハーに回路を焼き付ける「露光装置」の中でも、EUV(極端紫外線)を使う装置を供給できるのはオランダのASMLだけだ。「地球上で最も複雑な機械」とも言われ、高額なものは1台200億円を超える。露光装置は日本のキヤノンやニコンが先行してきた分野だったが、EUVという新しい光源を採用する段階で勢力図が大きく変わった。莫大な先行投資を続けたASMLだけがEUV対応装置の量産にこぎ着けている。
STORY 2
微細化の壁迫る、新技術に注目
半導体は回路や素子を小さくする「微細化」を進めることで性能改善が進んできた。しかし、長く続いてきた微細化にも壁が見え始めた。半導体進化に立ちはだかる壁と突破する技術の話を理解するために、まずは、半導体がどのような工程をへて製造されるのかを見てみよう。
微細化を支える「前工程」
前工程の概要と流れ
一部工程は省略・簡略化
半導体部品ができるまでの工程は前半と後半に分けられる。「前工程」ではウエハー上に回路を形成する。ウエハー表面に膜を形成し、露光装置で回路図を焼き付ける。その回路図に沿って不要な部分を薬品やガスで削り取る、ゴミや薬剤を洗い落とす、再び成膜するという工程を繰り返して複雑な回路を積み上げていく。
チップを部品に仕上げる「後工程」
後工程の概要と流れ
回路が形成されたウエハーは、「後工程」を担う工場に送られる。「半導体」と聞いてイメージする「黒くて四角い部品」の状態になるのはこの工程だ。回路が形成されたウエハーを薄く削って、1枚1枚のチップに切り分ける。電極をつけ、樹脂でパッケージングするという工程を経ていく。
限界近づく「ムーアの法則」
半導体の進化は微細化と軌を一にしてきた。回路を微細にすれば、同じ面積の基板でもより多くのトランジスタ(素子)を集積することが可能になり、性能も引き上げられるためだ。「トランジスタの集積度は約2年で倍増する」。インテル創業者であるゴードン・ムーア氏が提唱した進化の法則は半世紀続いてきた。
プロセッサー(演算半導体)の性能推移
回路幅のサイズはウイルスの10分の1
回路の寸法も原子に迫るところまで小さくなっている。先端半導体では最小寸法は10ナノメートル以下。ウイルスの10分の1より小さい。
半導体回路の幅はどのくらい?
SEMI「数字で見る半導体業界」をもとに作成
原子の大きさという物理的な限界も迫っており、これまでの手法では限界も見えてくる。そこで、半導体の集積度を高める新技術が模索されるようになっている。
設計の見直しへ2つの3次元化
新たな技術開発の方向性は大きく2つある。1つは半導体の素子の構造を変える試み。魚のヒレ(Fin)を模してFinFETと呼ばれる構造の改良が進んでいる。縦方向に集積させる新しい構造(ゲートオールアラウンド=GAA)により、素子の占有面積が小さくなり、半導体チップにより多くの素子を詰め込めるようになる。
素子を縦にすると占有面積が小さくなり集積度が上がる
写真提供:米インテル
もう1つは半導体部品に収めるチップの数を増やすというものだ。様々な役割のチップを組み合わせて高い性能を発揮できるようにする。いまは縦方向にチップを重ねる「3次元実装」の開発が進んでいる。こうした技術の採用が進んでいけば、量産に使う装置の役割もより大きくなっていく。
チップを重ねたりつなぎ合わせて1つの部品にする
写真提供:米インテル
日米協力、装置メーカーに脚光
2022年5月初頭、萩生田光一経済産業相はアメリカ・ニューヨーク州オールバニにある半導体研究施設を訪れた。産官学で先端半導体の開発に取り組む同施設には東京エレクトロンなどの日米企業が参画する。日本では東京エレクトロンやSCREENホールディングス、キヤノンなどが先端製造ラインの構築へコンソーシアムを設立。キープレーヤーとして注目を集める。
製造装置の売上高トップ15社中7社を日本が占める
順位
企業名
国
1
アプライド・マテリアルズ
米国
2
ASML
欧州
3
東京エレクトロン
日本
4
ラムリサーチ
米国
5
KLA
米国
6
アドバンテスト
日本
7
SCREENホールディングス
日本
8
テラダイン
米国
9
KOKUSAI ELECTRIC
日本
10
ASM International
欧州
11
ASM Pacific Technology
シンガポール
12
日立ハイテク
日本
13
SEMES
韓国
14
キヤノン
日本
15
ディスコ
日本
出所:VLSI Research/Tech Insights「2021 Top Semiconductor Equipment Suppliers」
ここからは、日本企業がどのような強みを持っているのか、見ていこう。
東京エレクトロン
成膜などで高シェア
日本企業のなかで売上高が最も多いのは東京エレクトロン(TEL)で世界3位だ。とりわけ、膜を形成するのに使う熱処理装置と、ウエハーに感光剤を塗って現像する装置「コータ・デベロッパ」に強い。
熱処理成膜装置
写真提供 東京エレクトロン
熱処理成膜装置は熱を加えながら酸素とシリコンを反応させてウエハー表面に酸化膜をつくっていく。東京エレクトロンと、旧日立製作所系のKOKUSAI ELECTRICの日本勢2社で世界シェアは8割を超える。素子の構造変化に向けて成膜など工程はより精密で難易度が高いものになっていく。
熱処理成膜装置
東京エレクトロンのシェア
%
出所: グローバルネット、2021年
コータ・デベロッパ
写真提供 東京エレクトロン
コータ・デベロッパはウエハーを高速で回転させながら、光によって性質が変化する感光剤(レジスト)を遠心力でウエハー全面に均一に塗る。その後、ウエハーを露光装置に送り、回路パターンが転写されたウエハーを受け取って現像する。東京エレクトロンだけで世界シェアは9割近くある。
コータ・デべロッパ
東京エレクトロンのシェア
%
出所: グローバルネット、2021年
ディスコ、
削る・切る技術に強み
グラインダー
シリコンの塊から切り出したばかりのウエハーや、回路を形成したウエハーの表面を削るのに使うのが「グラインダー」という装置だ。砥石製造からスタートしたディスコは、世界シェアでトップを誇る。
半導体の製造工程では薄くすることが常に求められる。さらに今後、チップの積層化に向けてもより厳しい品質が求められる分野だ。
グラインダー
ディスコのシェア
%
出所: グローバルネット、2021年
ダイサー(ダイシングソー)
薄く削ったあとに半導体チップ1つ1つを切り分けていく。シリコンウエハーを薄くすると壊れやすくなるため慎重な扱いが求められる。この分野もディスコが強みを発揮する。
ダイサー
ディスコのシェア
%
出所:グローバルネット、2021年
成熟した技術に再び脚光
ほかにも、多くの日本企業が各工程で高い技術力を持っている。レーザーテックは現状、EUV向けの原板検査装置で高いシェアを持つ。また、新たな技術トレンドの中で、成熟した技術が再び脚光を浴びるケースもある。例えば、キヤノンの露光装置は3次元化で求められる複雑な配線層の形成にも活用されている。
その他の日本企業
企業
装置の種類
強みやシェア
レーザーテック
回路形成に使う原板などの欠陥を検査する装置
EUV向けの高精度な検査に強み
キヤノン
i線やKrF(フッ化クリプトン)エキシマーレーザーを使った露光装置
チップの積層時に使う中継部材の配線用露光で強み
ニコン
レンズとウエハーの間を水で満たして露光する装置。ArF(フッ化アルゴン)エキシマレーザーを使う
露光を重ねた時のひずみ対応に優れた装置投入
アドバンテスト
電気試験で半導体チップ品質や信頼性などを評価するテスター
メモリー分野ではシェア1位。微細化や積層化で複雑になる試験に対応
TOWA
チップを外部から保護、絶縁する樹脂の封止装置。後工程で使う
シェア3割。均一性や脱気性に優れた装置の引き合い強まる
新たな技術、チャンスにもピンチにも
EUVの登場でASMLが躍進したように、新たな技術への対応は装置メーカーにとってチャンスにもピンチにもなりえる。今高いシェアを握っている装置メーカーにとっても、新たな技術潮流への対応は欠かせなくなっている。