iPhoneがあれば身分証も鍵も不要 Appleが狙う世界
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC112GD0R10C21A6000000/
保存日:2021/6/15 2:00 [有料会員限定]

鍵をiPhoneに登録できるようになる

米アップルの開発者向け会議「WWDC21」がオンラインで開催されました。YouTubeでは倍速再生や日本語翻訳付きで後から視聴できます。要旨をまとめた記事を読むだけでなく、ぜひ実際の映像を見てみてください。注目点は細かい技術仕様だけではありません。独自の世界観をうまく伝えており、そうしたことが苦手な日本企業には学ぶところが多いと思います。

アップルはこのイベントで、iPhone向けのiOS 15のウォレット機能において米国の運転免許証などの身分証明書に対応すると発表しました。この動きは、デジタル庁の発足やスマートシティ構想などでデジタル化を進める日本にとって大きな意味を持ちます。

皆さんが財布を持ち歩く理由は何でしょう。中身を見てみてください。現金、クレジットカード、キャッシュカード、保険証、免許証、ポイントカード、ジムの会員証、定期券、家や車の鍵、会社の社員証やカードキーなど、様々なものが入っているのではないでしょうか。

今では多くのコンビニで支払いにiPhoneのアップルペイが使えます。身分証明書をiPhoneのウォレットに登録しておけば、市役所に行くときもiPhoneだけで済むでしょう。

車の鍵もデジタル化され、スマートフォンに登録できるようになっています。アップルはWWDCで、ポケットからiPhoneを出すまでもなく、近づくだけでロックを解除できるようになると発表しました。忘れ物防止タグであるAirTagも利用する「UWB(Ultra Wide Band、超広帯域無線システム)」という、iPhone 11以降が対応する技術で実現しています。

近距離無線通信のNFCを利用した支払いでは、スマホを取り出してタッチする必要があります。スマホを取り出すというワンステップがなくなることで、より快適なサービスを実現できます。

家や会社、ホテルの鍵もデジタル化されつつあります。デジタル化した家の鍵をiPhoneに登録すれば、家族間で簡単に鍵を受け渡しでき、米エアビーアンドビーのサービスを利用した民泊の際にも便利です。要冷蔵の食品をデリバリーしてもらった際に、鍵を一時的に配達員と共有し、食品を冷蔵庫の中に入れてもらうといったことも可能でしょう。

こうした家のデジタル化には、リアルな配達網を持つ米アマゾン・ドット・コムがもともと注力していました。アマゾンは、過去に自社ブランドのスマホで標準を取れなかったという苦い経験があり、家のデジタル化では積極的に新サービスや新製品を発表しています。この分野にアップルがiPhoneの高いシェアとUWB技術を武器に対抗しようとしています。

サービスは赤字でも問題ない

さらに大きな意味を持つのが身分証明書のデジタル化です。米国では、アルコールの注文や空港のセキュリティーチェックの際に身分証明書の提示を求められます。

iPhoneのカメラで運転免許証などの身分証明書を撮影すると、ウォレットアプリにデジタル身分証として保管されます。アップルは米運輸保安局(TSA)と連携しており、将来は空港のセキュリティーチェックもこのデジタル身分証で通過できるようになります。

iPhoneのウォレット機能は、ウエアラブルデバイスであるアップルウオッチとも連動できます。アップルウオッチだけで、支払いから身分証明までできる世界が近づいています。

消費者がスマホを買い替えるときに、使い慣れた身分証やポイントカードがその中に入っていれば、同じメーカーの後継機種を購入する動機になります。ハードウエアで利益が出せるなら、極端な話、サービスは赤字でも問題ありません。

携帯電話が公衆電話を過去のものにしたように、WWDCで発表されたiPhoneの新機能は、支払いや身分証明、鍵など様々な機能を担ってきた「財布」を過去のものにしようとしています。

身の回りのものや仕組みに対して「なぜこれはデジタルに置き換わっていないのか」と考えるくせをつけてみてください。2年くらいのサイクルで技術はどんどん置き換わっていきます。最先端技術を想定すれば、意外と多くのものにデジタル化の余地が残っています。

法律や規制、世論は、技術の進化を後追いするように変化します。最新技術を利用できるように政府や規制当局を説得するには大きなコストがかかります。アップルは技術を開発するだけでなく、政府や規制当局とのコミュニケーションも地道に続けています。

今回の身分証のデジタル化では、アップルは米国の一部の州政府と提携しています。そうした州では運転免許証に加え、州発行の身分証明書も利用できます。こうしたことはスタートアップではなかなか難しく、大企業のアップルだからこそ可能な戦略だといえます。

日本はスマホにおけるiPhoneの比率が最も高い国の一つです。日本のデジタル施策を考えるうえで、iPhoneの動向は無視できません。新型コロナウイルスでデジタルトランスフォーメーション(DX)の波が広がりましたが、デジタル化の行く先は業種間の壁の崩壊です。アップルをはじめとする巨大テック企業の動向は、どの企業の経営陣も常に把握しておくべきでしょう。