台湾TSMC、年内に2ナノ半導体試験ライン 独走一段と
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM01AG40R00C21A6000000/
保存日:2021/6/2 14:30 [有料会員限定]

TSMCは技術開発で独走状態に入ってきた=ロイター

【台北=中村裕】半導体世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)は2日、回路線幅が2ナノ(ナノは10億分の1)メートルの超先端品となる半導体の試験ラインを年内に完成する計画を明らかにした。量産工場の建設方針も示した。現在主流の先端品の2~3世代先を行く製品で、ライバルの韓国サムスン電子との差をさらに広げ、最先端の半導体市場における独占状態が一段と強まりそうだ。

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経営トップの魏哲家・最高経営責任者(CEO)がオンラインで最新技術の動向に関する説明会を開き、明らかにした。現在、TSMCが量産する半導体で最も性能が良いのは「5ナノ品」と呼ばれる。米アップルのスマートフォン「iPhone12」の頭脳部分などに採用されている。

今回、TSMCは5ナノ品よりさらに性能が優れる「3ナノ品」、「2ナノ品」の投入計画を示した。3ナノ品は2022年下半期に台湾南部の台南市で量産を始める。さらに先端となる2ナノ品は年内に、台湾北部で本社のある新竹地区に試験ラインを完成させる。新工場の用地取得の手続きも同時に進め、近く建設に着手することを明らかにした。

TSMCの年間売上高約5兆円のうち、最大顧客は約25%を占めるアップルだ。3ナノ品や2ナノ品は、今後発売される新型iPhoneなどに優先的に採用が進むとみられる。魏CEOは説明会で「新型コロナウイルスが世界のデジタル化を進め、各業界に衝撃を与えた。(各国が競う)ワクチン開発のスピードでも先端半導体が大きな役割を果たした」と指摘。今後一段と先端技術の開発を加速する方針を示した。

世界の半導体市場で現在、5ナノ品を量産するのはTSMCとサムスン電子の2社だ。ただ「サムスンは5ナノの量産で歩留まりの向上に苦労し、主力顧客の米クアルコムなどへの供給に支障をきたしている」(サムスンと取引する半導体関連メーカー幹部)状況にある。

完全な状態で5ナノ品を量産出荷できるのは現在、世界でTSMCのみだ。先端半導体を手掛ける「3強」の一角である米インテルも7ナノ品の量産に手間取るなか、TSMCが今回、示した2ナノ品などの順調な開発状況は業界に衝撃を与えた。

TSMCとサムスンの双方に関連部品を供給する日系大手メーカー幹部は「TSMCの独走、独占状態を加速させるものになる」と予測。半導体産業に詳しい台湾大手シンクタンク、資訊工業策進会の産業情報研究所で副所長を務める洪春暉氏は「世界の半導体の最先端品はさらにTSMCに集中する」と指摘した。

一方、TSMCには課題もある。「ムーアの法則」の終焉(しゅうえん)だ。インテルの共同創業者であるゴードン・ムーア氏が1965年に論文で指摘した法則で「半導体の性能は18カ月(1年半)で2倍になる」というものだ。すでにこの法則はTSMC以外には当てはまらなくなったが、TSMCも今回示した2ナノ品の先については、まだ未知数だ。

この点について、大手民間シンクタンクの台湾経済研究院で半導体アナリストを務める劉佩真氏は、今後の半導体の性能向上には主に3つのアプローチが重要だと説く。「1ナノ以下の開発、3次元の実装(パッケージング)技術開発、シリコンウエハーに代わる窒化ガリウム(GaN)など『第3世代』の新素材を使った開発の3つが重要になる」と指摘する。

バイデン米大統領は半導体供給網の再構築の重要性を関連企業に訴えた(4月12日、ワシントン)=ロイター

TSMCの独走に待ったをかけようと、サムスンやインテルといったライバルは、この3つのアプローチからの切り崩しを狙っている状況だ。

米IBMは5月6日、2ナノ品の半導体の試作品(テストチップ)の作製に成功したと発表し、久々に業界を驚かせた。インテルとライバル関係だったが、両社は3月、米国の半導体復活をかけて手を組み、先端の実装技術の開発に乗り出したのはその象徴的な事例だ。

迎え撃つTSMCも5月31日、茨城県つくば市に新拠点を設け、日本企業20社以上と3次元実装技術の開発を手掛けると公表したばかりだ。2日の説明会でも「3次元実装の専用工場を22年末までに5つ造り、量産する」(魏CEO)と明らかにした。

中国勢も侮れない。20年10月の中国共産党の重要会議(5中全会)で「第3世代の半導体素材」といわれる窒化ガリウム、シリコンカーバイド(SiC)ベースのウエハー開発の強化方針を示した。党指導部が国を挙げ、新素材の開発を急ぐように指示を出すのは異例のこと。「ポスト2ナノ」を巡る競争はすでに各国で熱を帯び「次世代で主導権を握る本命のメーカーはまだ見えていない」(業界関係者)状況だ。

ドイツ・ボッシュの半導体新工場。需給逼迫で世界中で今後、能力増強が相次ぐ見込みだ(5月31日、ドイツ・ドレスデン)=AP

世界的な半導体不足が続くなか、業界からは生産能力の拡大が追いつかず、供給不安の声が強まる。インテルのパット・ゲルシンガーCEOは5月31日「新型コロナをきっかけに爆発的な半導体需要を生み出した。半導体不足の解消にはあと数年かかる」と指摘した。

TSMCも各所でリソース不足を招いているのが現状だ。3ナノ品の量産に向け現在、台南市で大規模な新工場を建設中だが、人手不足で「完成が予定より、かなり遅れている」(日系サプライヤー幹部)という。台湾で新型コロナ感染者が急増したことも建設計画には痛手だ。

海外初の先端半導体の生産を24年に始める予定の米アリゾナ州の新工場建設にも、台湾から人的資源を割かれ「当初予定の6倍の費用がかかりそうだ」(同)との声がある。コスト問題も浮上し、技術以上に経営面での課題も少なくない。

創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏は常に半導体生産の最適解を探っている=ロイター

TSMC創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏も「米国生産はコスト高だ」と指摘する。今後3年間で11兆円の設備投資を計画するが「コスト負担が今後、大きな経営課題となる可能性がある」(洪春暉氏)との見方も増えている。