米国株なお「高所恐怖症」 40年ぶり割高のサイン(写真=ロイター)
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD26CYR0W1A520C2000000/
保存日:2021/5/31 2:00 [有料会員限定]

米国株がじわじわと復調してきた。5月の株価調整のきっかけになったインフレ加速や金利上昇への警戒感が後退。経済正常化を織り込む動きに回帰しつつある。一方、投資指標面では約40年ぶりの割高サインも点灯し、「高所恐怖症」はなお続く。

米ダウ工業株30種平均は10日の取引時間中に「幻の3万5000ドル台」をつけた後、急落した。その後は3万4000ドル前後を下値として切り返し、値動きの荒さもおさまって悲観ムードは和らいでいる。

反発の土台は長期金利の低下だ。米10年債利回りは足元1.6%前後で落ち着いている。消費者物価指数(CPI)の急上昇が株価変調の引き金となったものの、債券市場は当初から冷静で、「インフレ→金利上昇→株安」の連想は水鳥の羽音におびえた株式市場の過剰反応だった感はある。

過敏な反応を引き起こしたのは、インフレの行方が株高持続の急所だからだ。実際、「実質益回り」で見ると、米国株は1980年以来、約40年ぶりの割高水準にある。

実質益回りは、物価上昇を考慮して、株価が1株利益に比べて割高か割安かを見る指標だ。益回りは「1株利益÷株価」、つまりPER(株価収益率)の逆数。この益回りからインフレ率を引けば、「物価上昇ペースに対して企業が投資額(株価)に見合った利益を上げているか」をチェックできる。

PERを景気変動の影響が小さい「CAPEレシオ」で代用すると、現状は約37倍だから益回りは約2.7%と計算できる。CPIの前年同月比上昇率約4.2%を差し引いた実質益回りはマイナス1.4%強。実質益回りが「水面下」に沈んだのは08年の金融危機以来で、今のマイナス幅の大きさは実に1981年以降で最大だ。

米連邦準備理事会(FRB)が5月の金融安定報告書で再確認したように、「長期金利の水準が低いので低い益回り(=高PER)は正当化できる」という論調は根強い。だが、インフレ率の視点からは米国株の割高さは否めない。CPIは新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の反動で上振れしている面があるとはいえ、当面は巡航速度で行けば3~4%程度の高原状態が続く見通しだ。

議会証言に臨むパウエルFRB議長(2020年12月、米ワシントン)=ロイター

SMBC日興証券の牧野潤一チーフエコノミストは「コロナ対応の潤沢な給付金もあって、消費が加速して物価を押し上げる需要主導型のインフレの可能性が高まっている」と指摘、年後半から22年にかけて米長期金利は「振れを伴いつつ、上昇基調を強めるだろう」と予想する。

PERの絶対水準はすでに高い。インフレと金利が並走して上がれば、かなりのハイペースで業績改善が進まないと、逆風を跳ね返せない。

金利上昇は経済正常化の過程で避けて通れない道だ。5月の波乱は、かなりの難路となりそうなコロナ相場の出口の予行演習となった。引きつづき、インフレ動向と債券市場から目が離せない。

CAPEレシオ 株価を過去10年平均の1株利益で割って算出する指標。ぶれやすいPERよりも長期でみた企業の稼ぐ力から株価の割高・割安を計れるのが特徴。ノーベル経済学賞受賞者のロバート・シラー教授が考案した。