追跡型ネット広告、転換期に Appleが新OSで自主規制
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC274LO0X20C21A4000000/
保存日:2021/4/27 23:30 (2021/4/28 5:45 更新) [有料会員限定]

アップルは新OS(基本ソフト)でプライバシー保護を強化する

米アップルは26日、スマートフォン「iPhone」などの新OS(基本ソフト)の配信を開始した。プライバシー保護の観点から、デジタル広告市場に個人データを提供するか否かを消費者が事前に選べるようにした。承認する人は3~4割との予測もある。利用者の知らないところでデータを収集することが難しくなり、ネット広告市場をけん引した「ターゲティング(追跡型)広告」は転機を迎えた。

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「他社のAppやWebサイトを横断してあなたのアクティビティを追跡することを許可しますか?」。iPhoneで新OS「iOS14.5」への更新後、アプリを最初に立ち上げる際、こうした問いかけが表示されるようになった。

アップルはアプリごとに事前承認を求める。承認した人はこれまでと変わらないが、しなかった人のデータはターゲティング広告に利用されなくなる。自分のデータが広告市場に拡散するのを嫌う消費者にとってプライバシー保護の強化につながる。その後もアプリに広告が表示されるが、個人の嗜好との関連性は薄れる見込みだ。

アップルが今回使用を制限したのは「IDFA」と呼ばれる端末固有の識別番号だ。これまでは、利用者がどのアプリをダウンロードしてどう使ったか、閲覧ソフト(ブラウザー)で何を閲覧したか、通販で何を買ったか――。こうしたデータがIDFAを介して結びつけられ、広告関連会社などが捕捉できた。

データが積み上がればIDFAごとにどんな消費者なのか見当が付く。アプリ事業者や広告関連会社はこうした「トラッキング(追跡)」から抽出したデータを利用者の知らないところで共有し、これが個人の属性に合った広告をアプリなどで表示するターゲティング広告を支えてきた。

例えば、スポーツジムについて情報検索した20歳代の女性がスマホゲームで遊ぶ際、アプリ内にスポーツウエアの広告を出すといったことができた。たとえ本人がウエアメーカーのアプリやサイトを使ったことがなくても、情報共有によってだれが潜在顧客かを知ることができたからだ。

広告分析サービスを手がけるイスラエルのアップスフライヤーは、新iOSで引き続き自分の情報の活用を承認する消費者は3~4割にとどまると予測する。従来のような規模でターゲティング広告を運用するのは難しくなる可能性がある。

世界的な個人情報保護の流れを受け、すでにアップルや米グーグルはウェブのブラウザーによる個人データの追跡を制限する方針を打ち出した。今回アプリにも制限が広がり、世界で40兆円規模とされるネット広告市場への影響は必至だ。

収益の大半を広告収入に頼る米フェイスブックは中小企業への影響が大きいと、アップルの方針変更を批判してきた。特にアプリ広告で稼いできた中小のアプリ会社には打撃だ。米ゲームアプリ会社フロープレーのデリック・モートン最高経営責任者(CEO)は「今回のプライバシー制限で開発者を取り巻く環境は厳しさを増す」と話す。

懸念を拭うため、アップルとグーグルはターゲティングに代わる手法の導入を表明している。アップルは、利用者がネット広告をどれだけクリックしたかという広告効果を同社自身が集計し、個人が特定されない形でアプリ会社や広告主に提供するとしている。

グーグルも人工知能(AI)を使って利用者をグループ分けし、個人を追跡しないかたちで嗜好に合致した広告を打てるようにするという。メールアドレスなどを集積し、従来手法の代替をめざす動きもデジタル広告会社などに広がる。

ネットサービス企業の多くは企業からの広告収入を主軸とする「無料モデル」を武器に成長した。ネット広告の根幹を担ってきたターゲティング広告が軌道修正を迫られ、定額課金への転換などで収益モデル自体の見直しを求められそうだ。

IT(情報技術)業界には、こうした措置が結果としてアップルなど米大手の力を強めるとの見方もある。「アップルにますます主導権を握られた」。あるアプリ大手の技術担当役員は最新iOSについてこう話す。

情報共有がなくなると、膨大な情報を握るアップルなどが有利になるとの見立てだ。世界のデジタル広告収入の半分以上をグーグルと、米フェイスブックが握っているという現状もある。

アップルとグーグルが打ち出したターゲティング広告についての今回の「自主規制」が、世界のネット広告業界を揺るがすこと自体が、両社が競争の枠組みを決める「ルールメーカー」として君臨していることを示す。

英競争当局は1月、ターゲティング広告を制限するグーグルの動きが、広告市場での同社の支配力を過大にしないか調べると発表した。日本でもネット広告分野でのIT大手の影響力を危惧する声があがっている。