街も車もゲームで設計 米エピックの仮想空間技術広がる
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC06DKR0W1A400C2000000/
保存日:2021/4/15 11:00 [有料会員限定]
アプリへの課金を巡り米アップルを提訴して注目を集めた米エピックゲームズ。人気ゲーム「フォートナイト」を手掛ける同社が開発した仮想空間の制作用ソフトウエアが、建築の設計や自動車のデザインなどの産業用途に広がっている。ゲーム機の部品や素材も応用される。現実世界を仮想空間に再現してきたゲームが、逆に現実の産業を変革し始めた。
エピックゲームズの「アンリアルエンジン」は高精細なゲーム制作に使われる
少女が暗闇の中で光を照らすと、遺跡の様子が浮かび上がってきた。明かりの向きを変えると、光を避けるように虫が逃げていく――。
エピックゲームズが開発した、高精細な仮想空間を描くソフトのデモのひとこま。光が物体を照らす様子はまさに現実さながらだ。2020年春に最新版ソフト「アンリアルエンジン5」を発表して以降、「ゲーム業界以外からの問い合わせが急増した」と同社のケン・ピメンテル氏は話す。
エピックゲームズの「アンリアルエンジン5」は物体への光の当たり方などを現実並みに再現できる
同社は13日、ソニーグループなどから10億ドルの資金調達を発表。287億ドルという企業価値を支える技術の一つが、この仮想空間制作ソフトだ。
ゲーム以外の産業にも提供しており、最新版は数カ月以内に試験的に公開する。ゲームの制作では粗利益が100万ドルを超えると5%のライセンス料がかかるほか、建築用途では有料ソフトが別途ある。無料で利用できる場合が多いため、利用者は21年1月に1100万人に達した。
仮想空間で全方位から建造物のイメージを確認
こうしたソフトは米ユニティ・テクノロジーズなども提供している。よく使われているのは建築の設計だ。エピックゲームズのピメンテル氏は建築業界への展開を統括する。英著名設計事務所フォスター・アンド・パートナーズなどが顧客だ。
仮想空間を描く性能が向上し、あらゆる角度から建造物の完成イメージを確認したり、陰影の付き方を確かめたりすることが容易になった。光の入り方を確かめながら窓の位置を決めるといった試行錯誤を繰り返せる。
現実世界を丸ごと仮想空間に再現することは「デジタルツイン」と呼ばれ、製造工程の改善や自動運転技術の開発などに広がっている。エピックゲームズのソフトも、建築業界だけではなく自動車の設計、映画製作などで採用されている。中国のスタートアップはエピックゲームズのソフトで上海全域のデジタルツインを作った。都市計画や交通シミュレーションなどへの活用を見込む。
中国スタートアップの「51WORLD」はアンリアルエンジンを使って上海の街をデジタル空間に丸ごと再現した
既に、フォートナイトではゲーム内で人気アーティストがライブイベントを開くなど、現実と仮想空間が融合し始めている。ピメンテル氏は「仮想空間の本格普及はここから始まったと言われるだろう」と話す。
「プレステ5」の部品や素材も他産業に応用へ
ゲームの技術が他産業に影響を与えるのはソフトだけではない。ソニーグループが20年11月に発売した据え置き型ゲーム機「プレイステーション(PS)5」に採用された部品や素材の技術も応用範囲が広い。
固い地面を歩くとコツコツと靴が当たる感触が伝わり、砂嵐の中に入ると細かい砂の粒を手で感じる。ゲーム中の行動が、現実の身体感覚として再現される。
この技術を支えたのが音響部品大手のフォスター電機だ。コントローラーの左右に2個、振動を起こすための同社の部品が内蔵されている。スピーカー技術を応用し、音の波形にそってコイルを動かし、振動を機敏に制御する。PS4まではモーターのオンオフで振動させていただけで、砂嵐の中にいるような微細な表現は難しかった。
フォスター電機は、この振動技術を車載向けに応用する。危険な運転をした際にハンドルやシートを震わせるなどして、運転手に異常を伝える。車の安全への価値は高まっており振動技術の応用先は多い。
PS5で採用された液体金属は、高性能化していくコンピューターで活用が期待されている。高精細の仮想空間を高速で描くゲームはCPU(中央演算処理装置)への負荷が大きく、発する熱の冷却は課題だ。ソニーは液体金属の優れた熱伝導性に着目し、PS5の冷却システムに活用した。一部の高性能パソコンには使われていたが、据え置き型ゲーム機への搭載は珍しい。
液体金属は他の物質を腐食させる性質があり扱いが難しく、大量生産には向かなかった。価格も従来の冷却システムに使われるグリスよりも高い。だが、ソニーはPS5のために量産技術を確立。液体金属が専門の北海道大学の田坂裕司准教授は「CPUの熱との戦いは永遠に続く。解決策として液体金属の利用は増える」と話す。
「安全」な実験場で技術磨く
歴史的にもゲームは先端技術の実験場としての役割を果たしてきた。06年に発売された任天堂の「Wii」では、当時最先端だったスイスのSTマイクロエレクトロニクスの3軸加速度センサーが使われた。立体的な動きを検知できるようになり、体験型ゲームが広がった。「Wii」をきっかけに大量生産が進み、センサーの価格が低下。今ではスマートフォンなどに幅広く使われ、位置情報の精度向上などに貢献している。
楽天証券経済研究所の今中能夫チーフアナリストは、「命にかかわったり、大きな損害を出したりせずに面白さを追求できるゲームは、先端技術を搭載しやすい」と指摘する。3Dの映像ソフトも振動部品のようなハードも、「ゲームならでは」のこだわりがあったからこそ、技術が洗練されてきた。高速通信規格「5G」や自動車の電動化などと相まって、ゲームで進化した技術が産業の変革を後押しする。(田中嵩之、清水孝輔)