脱炭素に米中対立の影 ダニエル・ヤーギン氏
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ソース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM255MZ0V20C21A3000000/
保存日: 2021/3/29 11:00 [有料会員限定]
日本について水素の知識を蓄積した利点は大きいと語るヤーギン氏
新型コロナ危機は経済のデジタル化をうながし、脱炭素社会への流れを加速させた。深まる米国と中国の対立は世界のエネルギー転換にどのような影響をおよぼすのか。エネルギー問題の権威であるダニエル・ヤーギン氏に聞いた。
――「新冷戦」ともいわれる米中の対立は気候変動対策にもおよびますか。
「米当局者は気候変動問題では中国と協力すると聞いているが、他の分野の協力はきわめて難しくなった。米バイデン政権のスタートは(対中関係で)順調とはいえない。バイデン政権は人権や香港をめぐり歯に衣(きぬ)を着せなくなっている。世界各国の指導者は米中の対立に巻き込まれたくない。2021年の地政学の大問題だ」
「中国は(冷戦時代の)ロシアと異なり、世界経済に深く組み込まれている。中国を孤立させる政策を出すのはとてもむずかしい。日本は慎重に対応すべきだ。米国との戦略的な関係を抱える一方、世界で最も危険な水域である南シナ海や東シナ海の状況も考える必要がある」
ーー中国の温暖化ガス削減のねらいは何でしょう。
「純粋に大気汚染や地球環境への懸念から出たものではない。原油輸入への依存度を減らし、米欧や日韓が支配する自動車市場に挑戦する戦略的な意図がある。内燃機関(エンジン)で外国に追いつけないとみた中国は一足飛びに電気自動車(EV)への道を選んだ」
――自動車産業の行方はどうみますか。
「トヨタ自動車は自らを『モビリティカンパニー』と位置づけ、独フォルクスワーゲンはソフトウエア中心の企業に脱皮しようとしている。日本の一部メーカーは燃料電池車のほうがEVより利点が多いと考えているかもしれない。世界最大市場である中国の政策決定にくわえ、欧州や米国がEVにシフトすれば、規制や制度が整えられ、EVへの追随は避けられなくなる」
――エネルギー自立を高めた米国が撤退する中東はどうなりますか。
「(イスラエルと湾岸アラブ諸国が20年に国交を正常化した)アブラハム合意の意味は理解されていない。イランとトルコの脅威、(中東の安全保障からの)米国の撤退という懸念を、イスラエルとアラブ諸国が共有した。(かつて米国は原油の主な買い手だったが)中東の産油国にとって主要市場はいまやアジアであり、世界のエネルギー市場のバランスは一変した」
――イラン核合意の修復は可能ですか。
「15年のイラン核合意をむすんだ米高官が政権にもどり、その立て直しを試みている。合意のリスクよりも合意がないリスクのほうがはるかに大きい。バイデン政権はイランとの対話を模索するだろう」
――過去にもブームがあった水素の利用機運が再び高まっています。
「われわれが4年前に水素の会議を開くと言った際には笑われた。その後、欧州が水素と(水素利用と併用される)炭素捕捉への関心を急速に高めた。水素が主要燃料となるには規模と技術、政治的実行力が必要だ。世界の石油ガス企業も水素について真剣に検討しはじめた」
――はやくから水素利用に取り組んだ日本は先行者利益を失いつつありますか。
「水素の知識を蓄積した利点は大きい。欧州はエネルギーシステム全体の複雑さに関する理解を欠くなかで、水素について政策が乱立する問題に直面している」
――新型コロナウイルス危機で温暖化対策は難しさを増しましたか。
「過去のエネルギー転換は数世紀かかって実現した。われわれはそれを30年で進めようとしている。(エネルギー転換よりはるかに容易な)新型コロナのワクチン接種すら欧州はこれほど手間取っている」
「新型コロナ対策で大型の財政出動をした結果ふくらんだ債務の重みは人々が考えるよりずっと大きい。各国政府は気候変動とともに経済の安定を保つ必要もある。環境政策を経済全体から切り離して考えることはできない」
(聞き手は岐部秀光)
Daniel Yergin英調査会社IHSマークイット副会長。「石油の世紀」「市場対国家」などの著書で知られるエネルギー問題の権威。新著は「The New Map」。